会いたい人に手紙を書くと会える喫茶店があるらしい。正確に言えば、戻りたい時間に戻ることができる喫茶店なので、自分が体験した過去にしか戻れないらしい。過去に会ったことがある人ならば、この世にいない人にでも会えることは可能だ。ある女性が手紙を書いた。普段手紙など書かないのだが、どうしても会いたい人がいて、戻りたい時代があるらしい。

 白い便箋に丁寧な手書きの文字で書いた文章は思いが詰まっている。
 この喫茶店に手紙を送ってくる人にはたくさんの思いがあり、戻りたい過去がある。

 店主が手紙の文章にゆっくり目を通す。店主は美しく長い銀色の髪を一つに束ねていた。若い男性で、白髪ではないし、見たことのない髪色だった。きれいな顔をした男性は色白で陽に当たることが無縁のような顔をしていた。整いすぎていて、この世界にいる人間ではないかのような独特なオーラがある。吸い込まれるような美しさとスキのない笑顔に人間味を感じないような気もする。そうだ、アニメのキャラクターのように創られた美しさだとでも言おうか。まるで男性を見ているとアニメを見ているかのような錯覚に陥る。肌もつるつるで、生身の人間の毛穴などない。男性を見ていると、きっと特別な場所なのだということが実感できる。

 以下、女性が手紙書いた内容だ。女性は成人しているが、20代半ばくらいだろうか。

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 お元気ですか? 私はなんとかやっています。毎日が忙しく毎日の生活に追われています。あなたはきっと変わっていないでしょう。そして、相変わらず不器用ながら好きなことをしているのではないでしょうか。

 ここでの生活はきっとあなたには合わなかったのではないかと思っています。あなたは、不器用で、あまり人と関わるのが苦手だったし、勉強も苦手でしたね。アルバイトでも一生懸命やっているのになぜか解雇されてしまったこともありました。それでも次のアルバイト先を探して仕事をしようとする挑戦力はすごいと思います。アルバイトなんてしなくても困るような生活でもなかったのに。居場所が欲しかったのでしょうか。認めてほしかったのでしょうか。

 なんとか入学できた高校では、部活中に怪我をしてしまい、選手としては活動できませんでしたね。あなたは網膜剥離の手術をしたのですが、結局、重いものは持てないといわれましたね。数年に一度は手術を受けなければいけないという過酷な運命も辛いものでした。男の子で重いものが持てないということは、職業の選択肢が狭まりますね。勉強の嫌いなあなたは、頭脳系の仕事が難しいとなると……とても心配でした。

 あなたは18歳になる3日前に亡くなりましたね。それは、寒い寒い冬の日でした。世間には保険金をかけて殺したのではないかという言葉を家族に投げかける心無い人もいたようですね。でも、あなたは病気で、結局治らなかったのです。亡くなる前日に自転車で遠くにも出かけていたし、普通の高校生の生活をしていました。しかし、とても難しい病気だったのでしょう。まさか、バイト用の写真が遺影になるなんて……。

 専門医もあまりいなかったのではないでしょうか。何も治療をしないことが治療だという馬鹿げた医者の見解に憤りを感じます。しかし、病は自力では止められなくなっていましたね。

 幼少時から教師から怒られてばかりで、できないことを否定する大人に疲れてしまったのかもしれません。10代の病は進行が早いそうですね。病気になってわずか半年くらいでしょうか。命が刈られたのはあっという間のことでした。あの日、祖父母よりも早くこの世からいなくなったあなた。家族の嘆き悲しみは終わりません。

 検察医によると亡くなっていたのは朝方だったそうですね。夕方になるまで気づきませんでした。半日も経過してから、救急車を呼び、医師が瞳孔を事務的に確認して、そのまま病棟へ医師は消えました。もちろん、警察の事情聴取もありました。事件性があるか一応確認するのですね。

 あなたは一生分の食べ物を食べて、一生分笑って、一生分怒って、一生分泣いて生きていた。たった18年にもならない人生を。

 その後の親戚の嫌がらせや冷たい言葉もあったそうですが、治療しても治らなかっただけだったのです。誕生日には外食しようと言っていたのですが、それは永遠にかなわなくなってしまいました。

 お墓に納骨するときに、雪がその時間だけふぶきましたね。2月の寒い冬でしたね。入るのが嫌だったのでしょうか? それは遺族の思いだったのでしょうか?

 もし、過去に戻ることができたら、ただ、普通に話して普通に会ってみたいですね。会えるだけでいいのです。死に際に会えなかった祖母にも会いたいですね。きっとおばあちゃんと仲良くあの世で生活していることと思います。
たった一人の姉より     
       
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「素敵なお手紙ですね。お姉様からの気持ちがよく伝わりました」
喫茶店の店主がじっくり手紙を読み上げた。

 趣のある喫茶店の中でひとりの女性客と男性店員が会話をしている。そこはなにやら特別な場所のようだ。

「この手紙をこの喫茶店に送ってきたのはあなたですか?」
 美しい男性が女性客を見てほほ笑む。

「ここには青い紅茶があって、それを飲むと会いたい人に会えるそうですね」
「正確に言えば、会いたい人がいた時に一時的に戻ることができるとでもいいましょうか」
「しかし、本当の過去ではなく、あなたが思い描いている過去なので、過去の自分と遭遇して困るということはないのです。しかし、夢を見ているのとは違うリアルな世界です。痛みや味覚や嗅覚などは本物と同じです」

「私はその世界にいきたいのです。過去に戻るためには思いを込めた手紙が必要なんですよね」

「拝見しました。手紙を読んで、あなたを過去に戻る許可をしたので、今日は招待いたしました。あなたが行きたいのは20歳のころでしょうか?」

「そうですね、あの頃に戻らせてください」
「一時的な快楽にしかなりませんし、今は変わりませんよ」

 美しい青い紅茶が出された。これを一口飲むと、色が変わるらしい。どんな色になるのだろう? それは飲む人によって色合いが変化するらしい。

「じゃあ、行ってきます」
「もちろんですよ。ここは心の拠り所ですから」

 何かが変わるわけではない、一時的に欲求が満たされる場所。それは自己満足にすぎないかもしれない。でも、私は再び訪れるだろう。ただ、会うために。紅茶を一口飲むと女性は夢の世界へいざなわれる。

その後、店主は独り言を言う。

「この喫茶店は《《死んだばかりの人間しか利用できない》》ので、何度も来ることはできないのですが、彼女は自分が死んだことに気づいていないみたいですね。そんなお客様はたくさんいるので、珍しいことではありませんが……。誰しも生前、戻りたい場所、会いたい人がいるものですから。そして、ここを利用した人の魂はここの喫茶店のエネルギーに変わるのです。そう、ここにある青い紅茶は魂のエネルギーからできるもの。利益は全部私のものになるのです」

人生最期に騙される、幸せならばありじゃないでしょうか? あなたはここを利用してみたいですか? 私はあえて、騙されてみようかと思います。だって、会いたい人がいて、戻りたい時間と場所があるのだから。ここは、三途の川ならぬ三途の喫茶店。川の水を使った紅茶は特別な効果がある。

 銀髪の男性はため息を1つついて独り言を言う。
「私も騙されてここで働くこととなった元人間ですから。三途の番人の仕事はきっちりさせていただきますよ。死後の世界に行く前にほんのちょっとだけ幸せになれるお手伝いですがね」