ステージ裏の楽屋に、九條 錬はぐったりした様子でいすに座って待っていた。
 でも、もどってきたわたしの姿を見るなり、すばやく立ち上がる。
「未空、お帰り! あの子、大丈夫だった?」
「あー……はい。げ、元気です!」
「たおれた原因は? やっぱり、ぼくの光のせいだった?」
「それは……」
 本当のことを話したら、絶対に自分のせいだって責めるよね。
「た、ただの寝不足みたいですって。だから、九條さんはぜんぜんカンケ―ないです!」
「そっか……よかった」
 ようやく表情がやわらかくなる―と思ったら、あやしげに目を細めて首をかしげる。
「それで、本当は何があったの?」
「ええ? わっ、わたしはべつにうそなんてついてませんよ」
「ぼくも、きみがうそをついているとは言っていないけれど?」
 ギクッ! 
「きみほど素直な子もいないよ。最初からバレバレだったけど。本当のところ、どうなの?」
「……原因は分からなくて、急に目の前が暗くなったって」
「それだけ?」
「それだけって……ほかに何があるんですか」
「ぼく、あの子を知っているんだ。デビュー当時から応援してくれていることも、記者会見の後、城井って記者と二人で話していることも」
 とつぜんの告白に戸惑う。九條 錬の目は、全てお見通しって言っている。あの事故は偶然起きたわけじゃなくて、起こるべくして起こったんだって。
「じゃあ、分かりますよね? あの子が―みつちゃんが悪くないってことは。ぜんぶ、城井さんが仕組んだことなんですよ」
「でも協力してぼくをワナにはめた。それは事実だろ。信じていたのに」
「もしかして、すごく怒ってます?」
「……そうじゃない。落ち込んだだけだよ。きみは言ったよね。ファンとアイドルはおたがいに信じ合ってる関係だって。それなのに、ぼくは裏切られた。信じているファンに」
「でも……九條 錬が宇宙人だっていうのは本当じゃないですか」
 本音がぼろっと口からこぼれる。
「秘密を隠しつづけている。それなのに、わたしたちファンだけが悪いって言うのはちがうと思う! みつちゃんは、九條 錬のことをもっと知りたかっただけ。どうしてその気持ちを分かってくれないの?」
 つい、ファンの立場でムキになって言い返してしまう。しまったって気づいたときにはもう遅くて、彼はぎゅっと結んだくちびるをぷるぷる震わせていた。
「そっか」ようやく出た声もかすれている。「つまり、ぼくはこの星のアイドルには向いていないってことなんだ」
「そ、そうじゃなくて! わたしが言いたいのは―」
「もういいよ。よく分かった」
 わたしの言葉をさえぎる。言い訳なんか聞きたくないみたいに。
 ちがう。わたしは、わたしたちファンの気持ちも分かってほしいだけなんだ。
「これからのことをちゃんと考えるいい機会だよ」
「これからってどういう意味?」
「きみには関係ない。自分一人で考えるから」
 冷たい、突き放すような言い方。くるっと背を向けて、もうこっちを見てくれない。「あのっ……」伸ばした手を引っこめる。
 そのまま楽屋を出て、廊下にしゃがみ込む。
 九條 錬はもう話を聞いてくれそうにない。少なくとも今は。
 でも、この炎上を放っておくわけにいかないよ。九條 錬は一人で考えるみたいだけど、地球のアイドル事情にはくわしくないから心配……。
 そうだ。茨木さんに話せば、何か手を打ってくれるかも。
 メールすると、茨木さんはまだステージ裏にいることが分かった。返事をしてくれない九條 錬にうしろ髪を引かれつつ、楽屋を出て急いで向かう。
 しかし、ステージ会場のとびらの前である人に呼び止められてしまった。
「あら。これはこれは、九條 錬の妹じゃない」
 城井さんだった。怒りがこみ上げてくるけれど、今はケンカをしている場合じゃない。
 無視して通り過ぎようとした。だけど、
「待って。あなたに聞きたいことがあるのよ」
「何ですか。わたし、今すごく急いでいるんです」
「すぐに終わるわ。ねえ、あなた、九條 錬にやとわれているの?」
「ど、どういう意味ですか」
「わたしね、あなたが九條 錬の生き別れていた妹とはどうしても信じられないのよ」
 腰を曲げて、ぐっと顔を近づける。犬が探し物を当てるように、鼻をひくひく動かす。
「兄妹なのに、顔もスタイルも雰囲気もちがい過ぎるのよねえ」
 うっ。自覚しているけど、面と向かってはっきり言われるとリアルに傷つく……。
「わたしは記者よ。真実を追って、事実をみんなに伝えることが仕事なの」
「それで本人や、周りの人が傷ついてもですか」
「周囲を傷つける秘密を持っている本人が悪いわ。自業自得よ」
「そんな言い方って―」
 言いかけて、気づく。わたしもさっき、九條 錬に同じこと言わなかった? 「秘密を隠しつづけている」って……。
 わけが分からなくなってうろたえるわたしに、城井さんは最後に鼻で笑った。
「あなたは子どもだから分からないでしょうけど、大人はみんな自分の仕事に真剣でぶつかり合うものなの。わたしのこと、変にうらんだりしないでね。じゃっ」


                   ***

「―やっぱりね」
 みつちゃんから城井さんまでの話を聞き終えて、茨木さんはそうつぶやいた。
「やっぱりねって……知っていたんですか?」
「あの記者が何かを仕掛けてくるのは想像していたから。まあまさか、ファンの子をだましてあんな大胆なことをしてくるとは思わなかったけど」
 二人とも、ちゃんと警戒していたんだ。わたしももっと、注意をしていれば……。
「今からでも、どうにかして対抗しましょう」
「それはむずかしいわね。あの記者がいる出版社は芸能界に大きな影響力とコネを持っている。それに、あの記者が何かをしたって証拠もない」
「でも、わたしは直接、ファンの本人から話を聞いているんですよ?」
「そんなの、すぐにもみ消されるわ。正直、今のあたしたちには打つ手がないわ」
「そんな……このままじゃ、九條 錬が……」
「芸能界はフクザツなの。人気があったって、成功が続かずに消える人は大勢いる」
「九條 錬もそうなってもいいってことですか?」
「……最悪な場合も、考えた方がいいかもしれないわね」
 茨木さんはむずかしい顔のまま、暗い声で言う。わたしはだんだんいらいらしてきた。
「あきらめるんですか? あんなに必死に、九條 錬をサポートしていたじゃないですか」
「あたしにだって、どうにもできないことはあるわ」
「いいえ。まだチャンスはあるはずです!」
「どいて。あたしには山のように仕事があるの」
「どきません。わたしといっしょに考えてください。九條 錬を助ける方法を」
 両手を広げて通せんぼするわたしに、けわしい顔をする。
「しかたないわね。こうしましょう。あなたをクビにするわ」
「えっ? 今、クビって言いました? それって……」
「あなたはもう、赤の他人ってこと。だから、これ以上この問題にはかかわらないで」
「そんな……わたし、やめたくないです」
「わがままを言わないで。余計なことは考えずに、まっすぐ家に帰りなさい」
 いつもの忙しい足取りで去っていく。二度とふり返ってくれない。茨木さんも、九條 錬も、だれも。でも、しかたないよね。赤の他人にもどっちゃったんだもん。
 がんばって走り回ったけれど……今はもう一歩も動かせないや……。