「サイアクだ……」
 待ちに待った九條 錬とのデートの日―待ち合わせ場所に着いて三秒でテンションはだだ下がり。せっかく気合いを入れたファッション(ギンガムチェックのロングスカートに、白のブラウスでさわやかコーデ)も、色あせて見えてきた……。
 九條 錬のスタイルはもちろんバッチリ。ブラウンのセットアップ姿はゆったりラフだけど、すごくオシャレ!(変装のマスクとサングラスもキマッってる)
 な・ん・だ・け・ど! 九條 錬のとなりには、しっかり茨木さんもくっついている。
「サイアクとは失礼ね。約束の時間にもちょっとおくれているし」
「どうして、茨木さんがここに……」
 魂が抜けそうなわたしに、九條 錬が手を合わせてあやまる。
「ごめん。ぼくは本当にお礼がしたくてさそったんだけど、茨木がそれなら自分もついていくって言い出してさ」
「当たり前じゃない。二人きりなんて大問題よ」
「でもさ、ぼくたち兄妹設定じゃん? 二人で一緒に出かけるのってふつうじゃないの?」
「そ、そうですよ! 兄妹なんですから(設定だけど)!」
 だけど、茨木さんはゆるしてくれない。
「カンタンに言ってくれるわね。たしかに、あななたちが一緒に出かけるのはいいわ。兄妹だと宣言したんだから、信じてもらうためのプライベートツーショットは欠かせない」
「じゃあ、いいじゃん」
「でもね、アイドルのプライベートっていうのはコンサート会場よりも危険なの。戦場なの。大勢のスタッフも、警備員もいない。自分で自分を守らなくてはいけない。帽子をかぶって、マスクをして、サングラスをかければいいってものじゃない。錬、あなたはふつうのアイドルじゃないの。正直に言うと、ぜんぜんオーラをかくしきれていないわ!」
 た、たしかに。待ち合わせ場所が路地裏にもかかわらず、輝いてらっしゃる!
「これで街に出たら、すぐに見つかるわ。そして妹のあなたともども取り囲まれる。逃げ場のない、輪の中で今日一日を過ごすことになるのよ」
「ひぃい!」
「茨木、大げさに言っておどさないでよ」
「これでもひかえめよ。本当にこわいのは、現場でもみくちゃにされるあなたが、うっかりだれかに触れてしまったり近距離で目を合わせたりすることよ」
 あっ。そっか。もし、九條 錬がわたし以外の人に触れてしまったら……。
「九條 錬がいる現場でだれかが怪我をしたりしたら、あなたが悪くなくてもイメージダウンは受ける。それだけならまだしも、この前の記者がさらに疑いを深めて本格的に調べ出したりしたら? 正体がバレれば、あなたはアイドルを続けられないのよ」
 一気に深刻な空気がただよう。
 となりにいる九條 錬を見ると、目を伏せてじっと考え込んでいる。
「……分かったよ。茨木の言うとおりだ」
 小さく何度もうなずく。まるで自分を落ち着かせるみたいに。それからわたしをふり返って、「ごめんね」とまたあやまる。
「なんか、けっきょく仕事みたいになっちゃって」
「い、いいです! 九條さんと仕事ができるなんて、めちゃくちゃ幸せです!」
 わたしは本物の妹じゃないんだから。心の底から楽しめるなんて、期待はダメ。
 ちゃんと、切り替えないと。
「二人とも、それでいいのよ。大丈夫。あたしがいるかぎり、安全安心なプライベートを提供するわ。そして、SNS映えするすばらしいショットを撮る!」
「バエ? 何それ」
 九條 錬が首をかしげる。発光星にはスマホとかの電子機器がないんだって。だから、SNS用語はさっぱりらしい(そういうところもステキ!)
「映えるって意味ですよ。でも茨木さん、安心安全な場所で映えるスポットなんてあるんですか? 人気の場所は、人が多いし」
「ふっ、ふっ、ふっ……九條 錬が行けば、どんなさえない場所も映えになるのよ」
 まるで絵本に出てくる魔女みたいに笑う。
 このデート、どうなっちゃうんだろう。

                   ***

「さあ、着いたわ」
 茨木さんが自信満々に両手を広げる。だけど、わたしの笑顔は引きつる。
「ここは……」
 茨木さんが連れてきたのは、なんと街外れにある古びた公園。わたしはもちろん、今の小さい子たちだって使ってない。ブランコはさびてキーキー鳴ってるし、パンダやウサギさんの遊具は色が落ちてお化けみたいに見えるし……。
「なぜここがスポットなんですか?」
「名づけて、思い出いっぱい映えスポットよ」
「思い出いっぱい?」
「ここは二人が幼いころに一緒に遊んだ公園。再会して、久々に遊びに来た写真を撮るの」
「おれは初めて来たけど」
「わたしも、ほぼ初めてなんですけど」
「いいの。これは設定なんだから。さっ、写真を撮るわよ。二人とも、ブランコに乗って」
 それから茨木さんが連れて行ってくれる映えスポットは、目立たなくて遊ぶところもないところばかり。
 写真撮影もあれこれ指示を受けてポーズをとるから、ちょ~大変。
 どうしよう。正直わたし、あんまり楽しくないかも……。
「はあ……」
「未空、つまんない?」
 油断していたら、九條 錬に顔をのぞき込まれた。
「え、ぜんぜん! 楽しいですよ」
「本当に?」
「ほんと、ほんと」
 推しに気をつかわせるなんて、ファン失格だ。ぜんぶ、九條 錬のアイドル生活のためなんだから。
「次行くよ~」
「はあ~い!」
 茨木さんに呼ばれて、わざと大きな声で返事をして立ち上がる。
 九條 錬のためにもがんばらなくちゃ―。
「待って」
 がしっと、手首をつかまれる。
「ここから抜け出そう」
「え? どこに行くんですか?」
「ん~、とにかく茨木のいないところかな」
 茨木さんはスマホでほかのさえないスポットを検索していて、こっちのコソコソ話に気づいていない。
「いいんですか?」
「いいんだよ」
 ふり返る九條 錬は、自分のくちびるに人さし指を当てながらニヤリと笑う。その表情も仕草もやばいくらいに可愛くて……ズル過ぎる! こんなことされて、「イヤです」なんて言えるわけないし!
 手をつないだまま、わたしたちはそ~っと茨木さんの後ろを通って離れる。それから、一気に走り出す。
 九條 錬の走りはまるで空を飛んでいるように軽くて、わたしの足もふわふわ雲の上をジャンプしているみたい。
「ここまで来れば大丈夫かな?」
 街中ではまだ静かな通りまで来て、ようやくゆっくり歩ける。追いかけてくる茨木さんの姿は……よし、見えない!
「バレてませんね!」
「そうだね。ねえ」
 九條 錬は左ひじを立てて、わたしに何かをうながす。
「ん?」
「うでをつかんで。道は危ないから」
「ええ? な、何で?」
「ぼくの星では、女性と外に出かけるときは男がエスコートするのが決まりなんだ」
 それってレディーファースト的な?
「で、でも。茨木さんに見られたら……」
「茨木はさっき巻いたじゃないか。はやくつかんで。落ち着かないんだよ。ほら」
 何度もうながされて、おそるおそる手を伸ばす。そして服の裾をちょびっとつまむ。
「もっと近くに寄って、しっかりつかんで」
「~……」
 からめるように九條 錬のうでに自分のうでを回す。
 まるで恋人みたいな距離に、どきどきが止まらない。
「どこに行きたい?」
「え~、そんなすぐには思いつかない。九條さんはどこかないんですか?」
「そうだなあ」
 うわっ。この会話も彼氏彼女みたい。ふーふー、落ち着けぇ、落ち着けぇ。
「あ、そうだ」
 九條 錬が何かを思い出したように顔を上げる。
「地球に来てからずっと行ってみたいと思っていたところがあったんだ」
「え? どこですか?」
「あのね―」

                   ***

「ここ……ですか?」
「そう! 一度行ってみたかったんだけど、忙しいし、なかなかきっかけもなくてね」
 天下のアイドル・九條 錬がずっと行きたかったスポットは、遊園地でも動物園でも水族館でもなく、植物園だった。
 通称【七色ガーデン】。地元だから存在は知っていたけれど、わたしも来るのは初めて。 
 推しのコンサートにばっかり行ってるから、こういうところに目が向かないんだよね。
 ふわふわのやわかそうな草と白と黄色の花たちがトンネルのような形をつくって、お客さんを出迎える。
 足をすすめて入ると、澄んだ空気に背筋が伸びる。
「ステキなところですね!」
「赤・オレンジ・黄色・緑・水色・青・ムラサキの七つの色の花を集めた各コーナーがあって、最後には花で造った虹を見られるんだ。だから七色ガーデンって言うんだ」
「へえ、くわしいんですね」
「いつか来ようと思って、いろいろ調べていたから。ほら、さっそく赤花コーナーだよ」
 わたしたちは七つの色の花を見て回った。九條 錬はまるでガイドさんみたいに、一つ一つの花についてくわしく説明してくれた。
 正直、途中から頭が追いつかなかった。ただ、この植物園の花や草はどれもとてもきれいで、ていねいにお世話されている。
 そして九條 錬がすご~くお花が好きだってことが分かった。だって、あっちこち小さな子どもみたいに指をさしながらかけまわるんだもん。もうそれがめちゃくちゃかわいくて……写真撮りたい……でも今はプライベートだから……なんて心はゆれっぱなし。
「ああ、これだ! 花の虹!」
 植物園の一番奥に、七色ガーデンの一番の名物・花の七色虹はあった。七つの色がちゃんと虹の形に沿って咲いていて、とてもきれいでダイナミック。
 人の手で虹を造るってことができるんだ……。すごく感動した。でも、九條 錬の方がもっと感動していた。何度も感心したように息を吐く。
「―やっぱり、この星で一番きれいなものは花だね。すごいよ」
「発光星に、花はないんですか?」
「ないね。種をまいて水をやって育てるなんて考えがない星だから。ぼくらの生態や星の環境に合わせた作り物の花はあるけれど」
「へえ」
「地球は気候がちょうどいいし、育てる人も上手だから、花や植物もとてもきれいに咲くんだろうね。すごくうらやましいよ」
 そんなふうに考えたことなかったな。花って当たり前にあるものだと思っていたから。
 べつの星に住む人からしたら、すごく貴重なんだ。
「あ、茨木からめちゃくちゃ電話きてる」
「うわ。わたしにも……」
「そろそろもどろうか」
「そうですね。カミナリが落ちる前に」
 短い時間だけれど、九條 錬の好きな物も知れたし、意外な一面も見れたし、満足~♪
 来た道をもどって、最初の入り口から外へ出る。

 ―カシャ。

 どこかでシャッター音が聞こえた。
 植物園は撮影オッケーだし、お客さんはほとんどの人がカメラを持っているから、音が聞こえても不思議じゃないんだけど……。
 何でだろう。今の音は、わたしたち―とくに九條 錬を撮られたような気が……。変な不安がよぎる。
 まさか茨木さんが追いついて、かくし撮りをしている?
 あちこち首を動かしてみるけれど、それらしき人は見当たらない。腕を組んだカップルや、赤いリュックを背負った小柄な女の子……ん~、気のせいかな。
「どうしたの?」
「ふえ? いや……何でも……」
「でも、顔が青いけど?」
「そ、そんなことないですよっ。カラフルな花を見た後だから、そう見えるんです。あっ、あそこにお土産コーナーありますよ? 花のブーケとか……」
「ぼくの話、聞いてた?」九條 錬が苦笑いする。「ぼくたち発光星人がさわったら、花はすぐに枯れちゃう。ずっと家に飾っておいても同じことになるよ」
「あ、そっか」
 そういえば、あれだけはしゃいでいてもぜったいにふれたりしなかったもんね……。
 九條 錬は目を伏せてつぶやく。
「好きなのにふれられないって、つらいよなあ。眺めていることしかできない」
 あああっ、どうしよう! せっかく楽しい雰囲気だったのに、わたしが余計なこと言ったせいで……。
「大丈夫ですよ! いつか、くじょ……お兄ちゃんにピッタリな、さわってもぜんぜん平気な花が見つかりますよ!」
「そうかなあ」
「だってほら、さわってもへっちゃらな人間がこの地球にいたんですよ? 花を見つけるくらいカンタンですって。いや、わたしは花みたいにきれいじゃないですけど」
 自分で自分の顔をさしながら笑うわたしを、九條 錬はまばたきをくり返しながら見つめる。それから「ふっ」と口元をゆるめた。
「そうだね。きっと見つかるだろうね」
 うんうんとうなずきながら、さり気なくわたしの左手をにぎった。
「!」
 ハグをされたり、エスコートされたり、ものすごく距離が近い時はいつも心臓が止まりそうになる。
 でも今は、本当に止まる。どきどきがはやくなるんじゃなくて、おそくなっていくのを感じる。どくっ……どくっ……って、ゆっくり大きく太鼓みたいに鳴る。
 からんだ指の先も動かせない。手をつなぐって、こんなにあたたかくて恥ずかしくて、そして幸せなことなんだ。
「未空がこの星にいてくれてよかった。たとえ花が見つからなくても、未空がぼくにとって一番きれいな花だよ」
 ああっ、胸が苦しい。手をふりほどいて、推しから離れたい!
 でも、この独り占めできる時間がずっと続けばいいとも思ってしまう。

 よかったって言いたいのわたしの方だよ。
 九條 錬がこの星に来てくれてよかった。
 あなたは、わたしにとっての一番星―です。