記者会見……九條 錬と、ならんで記者会見……ふふふふ……。
「ちょっと、未空! 顔がとけてる、とけてる!」
 机の上でひじをついて妄想していると、親友の永島 茉耶ちゃんに肩をゆさぶられた。
「どうしたの~?」
「だからとけてるんだって! めっちゃこわいんだけど。何考えてんの?」
「何も考えてないよお」
「あ、分かった。九條 錬のこと考えていたんだ?」
 ぎくっ!
「茉耶ちゃん、何で知ってるの?」
「未空の民宿に泊まりにきたことでしょ? 電話で教えてくれたじゃん」
 あ、そっちか。
「ねえねえ、どうだったの? 九條 錬、本物もまじでやばかった?」
「う、うん……」
「きゃああ~、もうっ! あたしも見たかった~!」
 バンバンッ! 茉耶ちゃんはさけびながら、わたしの机をたたく。茉耶ちゃんも九條 錬の大ファンで、何よりわたしをドルオタに引き込んだ張本人だ。
「九條 錬のオーラはどうだった?」
「そ~だな~、光ってたっていうか……」
 九條 錬がエイリアンだなんて、口が裂けても言えない。
「とにかく、かっこよかったよ」
「まじでいいな~、あたしの家も民宿だったらよかったのに」
「たまたまだよ」
「なんかさあ、今日、記者会見開くらしいじゃん」
「う、うん」
「これさ~、九條 錬が、未空のことを好きになりましたって話だったら、やばいよね」
 どきっ! ぎくっ!
「な、何それ~」
「少女マンガてきな展開ってかんじ? たまたま泊まった民宿で出会った女の子と運命の出会いをする……みたいな?」
 もう~、大げさだよお……まあ、たしかに運命の出会いではあったけど~。「でもさ」と茉耶ちゃんが話を続けようとした時、教室のとびらがガラリと開いた。
 そして、
「そんなことあるわけねーだろ」
 きつい言い方をしながら、とある人物がこっちに向かってくる。わたしは、そいつ―五十嵐 葉月をじっとにらみつける。
「葉月。まさか、盗み聞きしていたの?」
「ちげーよ。忘れ物とりにきたら、お前らの大声話が勝手に聞こえてきたんだよ」
 サッカー部のユニフォームのまま、自分の机の方に向かう。
 葉月は小学校のころからジュニアクラブでプレーをしてきて、今や部内ではエース候補らしい。そして、わたしの幼稚園からの幼なじみでもある。
「ほんと、あいかわらずくだらない話してるよな」
「またくだならないって言った!」
「ああ、何度でも言ってやるよ。くだらない、すっげーくだらない」
 む~! いくら自分がアイドルに興味ないからってひどくない?
「あ、そういえば。葉月、また告白されたんだって?」
「まあな」
 少し照れつつ、でも自慢げに鼻をそらす。
「一年の女子だったけど……」
「ふぅん、おめでと。ねえ、それより茉耶ちゃん―」
「少しは興味持てよ!」
「え~、だってもうめずらしい話じゃないっていうかあ」
 葉月が(意外と)モテるのは今に始まったことじゃない。
 だけど、だれとも付き合わないんだよね。不思議だ。
「おれの話なんてどうでもいいんだよな……」
「そんなわけじゃないけど」
「いいや、あるね。中学に入ってから、お前の頭の中は、九條 錬とかいうアイドルのことでいっぱいだろうが」
「その通り! あ、ていうか」葉月から茉耶ちゃんの方にぐるっと顔を回す。「やっと話がもどった。ねえ茉耶ちゃん。でもさ、の後に何て言おうとしたの?」
「ああ」
 机にひじをつきながら、にっこり笑う。
「でもさ、ファンと推しがむすばれることなんて、リアルでないしって」
「……」
「おれが最初に言ったことと同じじゃん!」
 ふわふわ空を飛んでいたのに、一気に落とし穴に落とされたような気分。ある意味、二人のおかげで一気に現実に引きもどされたってかんじ。
 そうだよね。今日一緒に出る記者会見も、「そういう話」じゃないもんね……。
 でもなあ、今日のことを茉耶ちゃんが知ったら、びっくりするだろうなあ。ていうか、怒るかも。絶交とか言われたらどうしよう。茨木さんからは「今はだれにも言うな」って口止めされているし。
 あ、急に記者会見がこわくなってきた……ん? 記者会見……。
「ああ! いっ、今何時?」
「え」茉耶ちゃんが黒板の上の時計を指さす。「もう少しで十六時だけど」
 やばい! 約束の時間におくれちゃう!
「ごめん! わたし、もう行かなくちゃ!」
「もう帰るの? 新しくできたクレープ屋さん、行くんじゃなかったの?」
「また今度で! じゃあね! 葉月もバイバイ!」
「あ、おいっ!」
 うじうじ考えるのは後にしよう。今はとにかく急がないとだ~!

                   ***
 
「約束の時間、過ぎているじゃない!」
「ごめんなさい~」
 会見を開くホテルに着くなり、茨木さんはわたしのうでをつかんでかけ出す。
「さっさと準備してもらって」
「え? 準備って?」
 背中を押されて、会場裏のとある一室に押し込まれる。
「こ、ここは……」
 入った瞬間、甘い香りがふんわりただよう。大きな鏡が並ぶ白いカウンターテーブルに、あわいピンク色のお化粧道具がならんでいる。
 まさかここは、メイクルームという部屋では?
「あら、来たのね」
 ふわふわ髪のきれいなおねえさんが、にっこり笑って出迎える。
「メイク係の飯島さんよ」
「どぉ~も」
「飯島さん。ちゃちゃっと、いい感じにメイクしちゃって。派手過ぎないようにね、ナチュラル系で」
「はあ~い」
「それから衣装は、そこにかかってるやつね」
 九條 錬のひとみと同じきれいなブルーのワンピースを指さす(生地はきらきらラメだし、袖はふんわり広がっていてまるでお姫様仕様……ぜったいムリでしょ!)
「あんなの着れません! ぜったいに似合わないし。メ、メイクだって……」
「だからよ。九條 錬と一緒に記者会見に出るなら、並んでも不自然に見えないようにしなくちゃいけないの! 分かった?」
 グサッ!
 うぅ。そうですよね。わたし、地味子ですもんね……。
「じゃあ、ここ座ってね~」
 手を引かれながら、イスにすわる。「ちょっと、準備してくるから~」と飯島さんがいったん外に出て行って、わたしは自分で自分の顔を見つめる。
 大きすぎる鏡のせいか、もともとそうなのか、すごくぼやっとしたように見える。
 こんなんじゃ、カメラの前に立てない。
 だって、わたしが九條 錬の記者会見に同席する理由―それは、九條 錬の実の妹のフリをするためなんだから(幼いころに生き別れて、奇跡の再会を果たしたって設定。めっちゃ少女マンガっぽいよね!)
 でも……。
「茨木さん。やっぱり、今日の会見は中止に……」
「今さら何言ってるの! だめに決まってるでしょ。あなたのご両親にもちゃんと許可をもらっているんだから」
「そりゃ、パパとママはお客さんがいっぱい来るからノリノリだし……」
「つべこべ言わないの。メイクをして衣装を着たら、自信満々で出てくるのよ」
「むずかしい!」
「世間には、あなたが九條 錬の妹だとカンペキに信じてもらわなくちゃいけないんだから」
「あの~、今さらかもしれないんですけど」胸の前で小さく手をあげる。「わたしが記者会見に出て妹のフリをするのに、どういう意味があるんですか?」
「あら。話してなかった?」
「はい。勢いでたのまれて、勢いで引き受けちゃったんで」
「それなら、これを見てちょうだい」
 茨木さんは手に持ってるスマホを何回かタップした後、なんのためらいもなくわたしに向かって画面を見せた。
 それはつい最近のネットニュースだった。
 しかも記事のタイトルは【九條 錬はエイリアン?】
「なにこれ!」しがみつくようにスマホをにぎる。「もうバレているんじゃないですか!」
「まだよ。そういう疑惑が上がっているだけ。九條 錬は、今どきのアイドルにしては、ファンに対する条件が多くてね……そこに目をつけた芸能記者が、勝手に学者に取材して真相を突き止めようとしているのよ」
 茨木さんの説明を片耳で聞きながら、記事を読む。

【握手をできないアイドルは、今の世の中にいるだろうか? 一メートル以上も近づけない、ライブの際はサングラスをつけなくてはいけないなどきびしい条件もある。
 彼は自分が一番だと調子にのっているのか? ただの人間きらいなのか? それともべつの星から来たエイリアンなのではないか?
 どれにしても、アイドル失格と言えるのではないだろうか。
                               赤星新聞社 城井】

「アイドル失格なんてひどい!」
「そうね。だけど、記者がうたがうのも分かるわ。とつぜんあらわれて、そのままあっという間に売れて。それなのに私生活や家族の話はいっさい謎。まあ、こっちがぜんぶNGを出しているせいなんだけど。今どきのアイドルは、ぶっちゃけている方が親しみやすいっていう傾向にある中、錬は真逆の高嶺の花で売っているからね」
「そこがいいのに! でも、この記事とわたしが妹のフリをすることがどう関係しているんですか?」
「誹謗中傷に対するイメージを変えるのは、まだ対処できるの。あたしたちが一番おそれているのは、錬がエイリアンだとバレること。だから、人間らしいところを見せなくてはいけないの。潔癖症で押しとおしているけれど、他人にまったく触れられなないなんて、いつかこの記事を書いた記者以外の人たちにも疑問をもたれるわ」
「ふむふむ……あっ」
 ピーンときた。
「つまり、わたしを妹にして、人に触れることができるのを証明したいってことですか?」
「そういうこと。錬とふつうに接することができるのは、あなただけだからね」
 わたし、だけ。ふふふ。何回聞いても顔がにやけちゃうトクベツ感。
 でも、ますます高まるキンチョー感……。
「うまくいくんでしょうか……?」
 がしっと、茨木さんがわたしの肩をつかむ。メガネの奥の目は、ぎらぎらしている。
「でしょうか? じゃなくて、そうするの。すべてはあなたの演技力にかかっているのよ」
「ひえ~」
 責任重大なんですけど! 
 演技なんて、発表会の劇で森の精③をやったくらいだよ。セリフもなくて、ただくるくる動き回るだけの役。
「あの、茨木さん―」
 コンコンッ。外からノックの音。その後に、飯島さんの遠慮がちな声が聞こえた。
「あの~、そろそろメイクを始めないと時間が……」
「ごめんなさい。あたしはすぐに出ていくわ」
 ドアの方に向かってまっすぐ歩き出す。思わず「待ってください!」と引き止めると、立ち止まってくるっと顔だけ向けた。
「ひとつ、教えてあげる」
「え」
「女でも男でも子どもでも大人でも、地球人でもエイリアンでも関係ない。一番のメイクは、自分に自信を持つことよ」
 それだけ言うと、飯島さんと入れかわるように外に出ていった。
 自信、か……。
 体の向きをまっすぐにして、鏡に映る自分を見つめ直す。
 そうだ。引き受けたんだから、泣き言なんて言っていられない。
 大丈夫、大丈夫。わたしならきっとできる。大丈夫。
 飯島さんがメイク道具を両手に、鏡のわたしを見て「あら」とはしゃいだ声を上げる。
「いいお話ができたみたいね。じゃあ、はじめるわね~」
「はい……お願いします!」

                   ***

「これから、このかわいい妹といっしょに暮らします!」
 九條 錬がわたしの肩を抱いたまま、大きな声ではっきりと言う。
 記者会見が始まって五分も経たないうちに、会場はしーんと静かになる。
 さっきまでレンズをのぞきこんでいたカメラマンは目を点にして、ペンを走らせていた記者はぴたりと動きを止める。
 みんな、「はあ?」って顔をしている。テーブルの下にかくれている足は、ふるえが止まらない。
 わたしも初耳なんですけど? いっしょに暮らすって、どういうこと?
「ええっと……これは何かの番組の企画……ではないのですよね?」
 一番前にいる女性記者さんが、困った顔のままたずねる。九條 錬は笑顔のまま「ぜんぶ、リアルな話です」と答える。
「それでは……妹さんとはどうやって対面を? 経緯を教えてください」
「じつは、みなさんにはかくしていたんですか……」
 九條 錬は軽やかに質問を切り抜けていく。
 そしていよいよ、みんなの視線がわたしの方にも向けられる。
「お兄様が、大人気アイドルだということは知っていたんですか?」
「ま、まあ……」
「今こうやって一緒にいられて、率直な気持ちを教えてください」
「それは……」
 ウソっこの設定で、本物の妹じゃないからなあ。
 何て答えるのが正解なんだろう。分からない。
 頭がまっ白になっていく。目の前の景色が遠くなっていく。
 だってわたし、九條 錬の妹じゃないから……。
「未空」
 テーブルの下に引っこめている片方の手を、九條 錬がやさしくにぎる。横を見ると、陽だまりのような笑顔で見守ってくれている。
「今の正直な気持ちを言ってくれれば、それで十分だよ」
 正直な気持ち。
 九條 錬と一緒にいられる、わたしの気持ち……。
「あの」
 ふるえる手で、マイクを握りなおす。
「まるでウソみたいな気持ちです」
 一瞬、会場がざわつく。茨木さんのしかめっ面も目の端にうつった。
 でもね―。
「本当に、奇跡みたいで。信じられなくて、まだ夢を見ているようです。だけど、出会えてよかった。それは本当の本当にうれしくて……だから、わたしは今、すごく幸せです」
 妹のフリとか関係ない。
 これが、わたしの本音。
「そうですか。ありがとうございます」
 だれもキビシイ言葉を投げたりしない。うんうんってうなずいてくれている人もいる。
 よかった、この気持ちはちゃんと伝わって……。ちらり、九條 錬を見ると、さり気なくウィンクされた。
 茨木さんが一歩前に出てくる。
「それでは以上で会見を―」
「ちょっと待ってください」
 会場の中央で、ぴしっと白い手があがる。「どうぞ」と茨木さんがうながすと、その人は、長い黒髪をかきわけながら立ち上がる。
 みんな座っているから目立つのは当然だけど、たぶん平均よりずっと背は高い。黒いスーツ姿がクールにびしっと決まっている。
「はじめまして。赤星新聞社の城井です」
 赤星? 城井さん? ん~、どこかで聞いたことがある単語ばかり。ええっと、赤星……城井……。
「ああ! あなたは」
 九條 錬のエイリアン疑惑の記事を書いた人だ!
 立ち上がって、指をさしてしまう。直後、「やってしまった!」と気づいてあわてて座りなおす。
「ごごごごごめんなさいっ、指をさしたりして……」
「いいえ」
 意味不明な行動にほかの人たちはびっくりしているのに、城井さんは余裕たっぷりの表情のまま。
「わたくし、妹さんとどこかでお会いになりましたっけ? もしそうなら、覚えていなくて申し訳ないですわ」
「ひっ、人違いです」
「そうですか……ところで、今日はこのような場で九條 錬さんにお会いできて光栄です。わたくし、あなたに聞きたいことがたくさんありましたの」
 ていねいな言い方だけれど、ちょっと意地悪にも聞こえる。この人は―城井さんは、九條 錬の正体をさぐっている要注意人物だ。
 わたしたち三人に緊張が走る。
「では、質問をさせてください。まず―」
「すみませんが」茨木さんの強い口調が、城井さんの声をさえぎる。
「じつはあまり時間がありません。この後も予定がつまっているんです。聞きたいことがたくさんあるのでしたら、あとで書面で……」
「ふふふ。それでは一つだけ。それくらいならかまわないでしょう。それとも、わたくしに聞かれると何かマズいことでもありますか?」
 ニヤリ、挑戦的にほほ笑む城井さん。さすがの茨木さんも「では、一つだけ」とゆずった。
 すごい。やり手マネージャーの茨木さんを退かせるなんて……って、感心している場合じゃないよっ。
「わたくしが聞きたいことは一つです。九條 錬さん」
 城井さんは九條 錬だけを見つめる。
「あなたは、正真正銘の地球のアイドル―ですよね?」
 となりをふり返ると、九條 錬はまばたきもせず城井さんを見つめ返している。少しだけ暗いような……?
 でもさすが、アイドルはほほ笑むのが上手い。「もちろん!」と元気よく答える。
「……そうですか」
 城井さんもニッコリするけれど、目は笑ってない(めっちゃコワい……)。
「ああ、そうだ。最後に一言いいですか」
 着席する前、城井さんが目を向けたのはわたしだった。
「妹の未空さん。これでもう、ぜったいに顔は忘れませんわ」
 これはきっと、宣戦布告だ。
 すごく、すごーく、イヤな予感がする。

                   ***

「いやあ、記者会見は大成功だったね」
「どこが~?」
 けっこうみんなあやしんでいたよ! 「え? この子が、九條 錬の妹?」って信じてなさそうだったし。
 それに、完全に城井さんに目をつけられた……。
「こんな記者会見をして、どういう意味があるんですか?」
「それはわたしが、説明するわ」
 とうとつに茨木さんがあらわれる。
「でも、さすがにいっしょに暮らすっていうのはやりすぎなんじゃ……」
 自分で口にするだけで、体が熱くなる。はずかしくて、ちょっぴり気まずい。そのくせ、いろいろ想像しかけては、頭をぶんぶんっとふりまわす。
「まあでも、これもお仕事ならしかたな―」
「何言ってるの。本当に一緒に暮らすわけないじゃない」
「へ?」
 わたしと茨木さん、おたがいにぽかーんとした顔で見つめ合う。
「ええっと、妹だから一緒に暮らす……ですよね?」
「それはムリだよ」
 ズバッと言われてショックを受ける。答えたのが茨木さんじゃなくて九條 錬本人だってことが何よりつらい。
「わたし、てっきり、本当にいっしょに住むんだと思って……でも、当たり前ですよね。赤の他人だし……」
 泣きそうな声でぽつぽつとつぶやくと、九條 錬があわてて手の平を横にふる。
「えーっと! べつに、未空がどうとかじゃないって! ぼくの生活はふつーの人間にはたえられないと思うから。茨木だってぜったいムリだよ」
「そうね。さすがの才色兼備のわたしでも、ムリね」
「そ、そうですか……」
 そうだった。九條 錬はただの超人気アイドルじゃなくてエイリアンだった。
 それでも、いっしょに暮らして理解したかったな。九條 錬っていうアイドルの魅力は、ふつうじゃないところだもん。
「まあ、そんなに落ち込まないで」茨木さんが肩にやさしく手を置く。「家の出入りは可能よ。ていうか、そういういかにもいっしょに暮らしてます的な写真もバンバン撮って、SNSで拡散しないといけないから!」
「あー……はい」
「それじゃあ、さっそく。二人ともこっち向いて」
「え?」
 カシャ。
 ポーズを決めるヒマもなく、スマホでわたしたちのツーショットを撮る。それから指を高速で動かして画面をタップする。
 茨木さんって、本当に仕事熱心だなあ。
 よしっ、わたしも見習わなくちゃ! ぐずぐず言ってないで、表情もひきしめて―と意気込んだ矢先、ツンツンと九條 錬にほおをつつかれた。
「ふへ? な、何ですか?」
「気楽にね。楽しくやろーよ、妹」
 やわらかいほほえみを浮かべる顔面はまさに王子……だけど、細めたひとみはなんだか悲しそうにも見える。
 わたしは目をそらして、気づかないフリをしてしまった。