「国民的アイドルの九條 錬さんが、月末に予定していたコンサートを中止するという異例の発表がありました。また、しばらくライブなどの活動は休止するということで……」
 活動休止ってことにしたんだ……。
 朝からどの番組も九條 錬についてのニュースでいっぱい。おかげで朝食のトーストものどを通らない。
 ううん、それだけじゃない。昨日のクビのショックから立ち直れないんだ。
 九條 錬から何か連絡があるかなって思ったけれど、スマホの音は鳴らなかった。ていうことは、わたしのクビに賛成しているってことだ。
 そうだよね。「関係ない」って言っていたもんね……。とか思いつつ、つい目はスマホの画面に向いてしまう。
 ああ、いけない。ていうか、このスマホも返さなくちゃ。わたしは無関係。後のことあ、茨木さんと二人で考えるんだから。
 そうだ。ちゃんと返して、ちゃんと今までのお礼を伝えなくちゃ。
 それくらいは耳を傾けてくれるよね? 

                   ***

「―え? どういうことなの……」
 部屋のインターホンを押そうとしたら、無用心にもドアが開いていた。おそるおそる入ると、物が少ないリビングが本当に何もない空っぽの部屋になっていた。
「未空、何してるの?」
 九條 錬はいた。でもなぜか、大きなスーツケースを持っている。
「あの。スマホを返しに……」
「ああ。それなら茨木にわたしてくれるかな」
「はい……ええっと。あの、部屋の片づけをしていたんですか?」
「ああ。ぼく、もう星に帰ろうと思って」
 さらりと言われる。だけどわたしは、頭が追いつかない。
 帰る? 星に? 
「な、何で? 何で帰るの?」
「だってほら。きらわれたし」
「そんなこと……みんなじゃないし! 今はネットとかでいろいろ言われているけれど、そんなのほんの一部だし!」
「でももう無理でしょ。一回失敗したら、それで終わりじゃん。それに―」
 九條 錬が、目をふせる。
「ファンにやさしくできないアイドルなんて、地球人はきらいでしょ」
「!」
 九條 錬は目を合わせてくれない。
「これからのことを考えるって、この騒動に立ち向かうための方法を考えるんだと思って……」
「まさか。今回のことではっきりした。ぼくはやっぱり、アイドルに向いてない。けっこう怒りっぽいし、情けないけど泣きたくなることもある。かくさなくちゃいけない秘密にびくびくもしている。でもずっと笑顔をふりまいて平気なふりをしなくちゃいけない。時々考えちゃうんだ。ぼくは何のために、だれのために、アイドルをやっているんだろって。とにかく、もう耐えられないんだ。本物のアイドルならきっと耐えられるはずだ。ぼくは―ちがう」
 そうじゃない。そんなことない。そう言いたいのに、九條 錬の見たことのないつらそうな表情に声が出ない。
「きみも、茨木にクビだって言われたんだろ」
「赤の他人だって、言われました」
「あんまり怒らないで。茨木なりに、未空がこれ以上面倒なことに巻き込まれないように気をつかったんだよ。ぼくでも同じことを言ったと思う」
 面倒なこと? わたしはそんなふうに思ったことない。巻き込んでほしくないなんて、たのんでいない。
 むしろ、いきなり突き放されたことの方がショックだった。
 ぽろぽろ涙がこぼれる。
「わたしのせい?」
「え?」
 城井さんに言われた「ちがい過ぎる」って言葉が頭の中に浮かぶ。
「城井さんに疑われないようにするために、妹役をまかされたのに。それなのに、ちゃんとできなかったから? わたしが美人で、九條 錬と同じくらいかがやいていたら、こんなことにならなかった……ぜんぶ、わたしのせい……」
「それはぜったいにちがう」
 ぽんっと、頭の上に手を置かれる。
「未空は何も悪くない。ぜんぶ、ぼくがダメだったせいだから。それに大丈夫だよ。ぼくのことなんて、数日も経てばみんな忘れるよ。未空も、きっと。きみにとっての、本当に大切な推しが見つかるから」
 九條 錬の手が離れていく。わたしの横を通り過ぎて、そのまま玄関のドアへと向かう。
「本当にごめん。でも、よかった。あの時、指切りをしなくて」
 閉まるとびらの音が、やけに大きく聞こえた。
 わたしは追いかけない。
 ただその場にうずくまって、なみだを流し続ける。
 閉じた目の中に映る景色は、まるで星のない真っ暗な夜空。
 そう。
 わたしはたった今、ずっと見つめて追いかけていた一番星を―推しを失ったんだ。