取り調べ室には藤原妃里亜が座っていた。かつては美しい社長令嬢として報道されていた彼女だが、今は髪はバサバサ、涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃだ。

 彼女を取り調べているのは、冬月シバ。

「彼からのプレゼントだったのです、大きなぬいぐるみが……。大学に行っている間にメイドが部屋に運んでくれましたの」

 シバは妃里亜の部屋を訪れたことがあった。部屋には数え切れないほどのぬいぐるみが並んでおり、まるでアンティーク美術館のようだった。しかし、そこには異様な光景もあった。
 どのぬいぐるみも傷だらけで、古びていてボロボロだった。中でも異臭を放つ大型のクマのぬいぐるみがあった。その中から見つかったのは、結城嘉次郎の死体だった。

 結城嘉次郎は妃里亜が警察に訴えていたストーカーで、死因は暴行によるクモ膜下出血だった。

 シバはその状況を想像した。

「結城嘉次郎はぬいぐるみを贈った後、忍び込んで自らその中に入ったんだろうね」

その言葉を聞いた妃里亜は笑い始めた。

「バカよね、ほんとに……。あの時、私はただむしゃくしゃしていて。いつも通りぬいぐるみに八つ当たりしてただけ。でも途中で変な音と感触がしたの。それでもやめられなくて、気づいたら中で死んでたのよ」

 彼女の顔は狂気に染まりながらも笑っていた。

 結城はきっと夢見ていたのだろう。ぬいぐるみ越しに彼女に抱かれることを。
 しかし妃里亜にとって、ぬいぐるみはただの慰めと怒りのはけ口だった。そしてそれは今も変わらなかった。

 部屋のゴミ箱には捨てられた手紙があった。

「他のぬいぐるみと同じように接してね」と書かれていた。

 泣き笑いする妃里亜を見て、シバは同情せざるを得なかった。しかしその裏で彼は恐怖していた。妃里亜にとって、人もぬいぐるみも「寂しさを埋めるための存在」でしかないことを。


 そして、その「存在」がどれだけ破壊されようとも、彼女はまるで心を痛めていないということを。