「遅くに来てすまない。俺の飯、ある?」

 衛兵や騎士のほとんどが食事を済ませたころ、遅れてひとりの若い男がやってきた。宮殿の護衛を務めているクリフだ。
 テーブルを拭いていたレーナはあわてて調理場の料理人に声をかけ、戻ってきて「大丈夫です」と笑顔で返事をした。

「今日は洗濯じゃなくてこっちの手伝い?」

 丸いスツールに腰をかけたクリフが、テーブルに頬杖をつきながら拭き掃除をするレーナに話しかけた。
 鍛錬場のそばに洗濯場が設けられているので、ふたりは互いに顔を見知っている。

「体調不良で休んでいる子がいるので」
「そうか。大変だな」
「いえ。クリフ様こそ大変そうですね」

 昼食が遅くなった理由は仕事が立て込んだからだと、頭のいいレーナは勘が働いた。
 王宮内に不審な侵入者を許すことなどあってはならないため、綿密な会議がたびたびおこなわれているらしいと聞いている。

「フィンブル宮殿の警備が手薄なんじゃないかって意見が出ててさ……」

 王宮内には宮殿がふたつあり、シルヴァリオン宮殿ともうひとつがフィンブル宮殿だ。
 フィンブル宮殿のほうが小さく、王太子が結婚したあと妃と住むために用意された場所である。