気になる声を聞きながら走っていると、とんでもない言葉が聞こえてきた。

「全く、あの変なウサギが来てからイベリス様への毒の効き目が効きづらくなって困る。あれは本当に聖獣とかいう生き物なんだろうか」

 ものすごく小さな声なので恐らくは誰にも聞かれることのない独り言なのだろう。だがアリアの耳はどんなに小さな声でもしっかりと拾うことができる。初めの頃は色々な声が同時に聞こえ混乱したが、自分でコントロールできることがわかるとすぐに聞きたいものだけを聞けるようになった。

 声の主のいる場所へ到着すると、そこは第三王子専用の厨房だった。そこには一人のコックが小瓶を片手にフライパンの前に立っている。このコックは第三王子専属で他の従業員は見当たらない。

「毒が効かないせいで量を増やさなければいけなくなった。こんなこと一体いつまで続けなければいけないんだ。本来ならあともう少しでイベリス様の命を消すことができたのに。そうすればあの方からたんまりと褒章をもらってこんな仕事やめることができるんだが」

 ブツブツといいながらコックは小瓶の中の液体をフライパンに流し込む。そしてそのまま材料と一緒にフライパンを火にかけ、料理し出した。

(待って、まさかイベリスの体がずっと弱いのってこのコックの毒のせいなの!?毒が毎日食事に入っているから私がいても完全に治ることがない、まるでいたちごっこだったってわけね)

 壁の影に隠れていたアリアは驚きと怒りのあまり思わず後ろ足をタンッ!と床に叩きつけてしまう。

「誰かいるのか!?」

 物音に気づいてコックが振り返るが、隠れているアリアの姿はコックからは見えない。

「……ネズミか何かか。また駆除を頼まないといけないな。全く、めんどくさいことばかりだ」

(あっぶない、思わずスタンピングしてしまったわ。お生憎様、ネズミじゃなくて聖獣よ)

 そっと厨房を後にして、アリアは急いでイベリスの元へ戻った。