「あの日、サイシアが厨房で見たのは、コックが錯乱魔法で記憶を無くした姿だった、と」
「そうだ。あれは確かに錯乱魔法だ。だが、この国であのレベルの錯乱魔法を使えるのはただ一人しかいない」
「……イーリス第二王子ですね」

 イーリス第二王子。イベリア第三王子の兄だがイベリアとも第一王子とも血は片方しか繋がっていない。王子たちは皆母親が違うからだ。

「イーリス様がイベリス様を狙う理由はなんだ?イベリス様はまだ幼い、王位継承もするつもりはないと宣言している」
「おそらくは第一王子であるユーリ様と仲が良いことが原因かと。第二王子という位置でありながらも王位継承を狙うイーリス様は、イベリス様が成長した際にユーリ様の味方をすることを懸念しているのでしょう」
「懸念の根は早めに摘もうというわけか」

 二人の話を聞きながら、アリアは腹立たしい気持ちになっていた。

(王位継承争いはどの国でもいつでも起こるものなのね。それにしてもそのイーリスって第二王子はなんて男なのかしら!あんなに可愛いイベリスを邪魔だから殺そうとするなんて)

 思わず後ろ足を蹴り鳴らすと、モルガとサイシアはアリアを見て微笑んだ。

「アリアも怒ってくれているのですね。ありがとうございます」
「このこと、イベリス様の耳には入れない方がいいだろうな」
「そうですね、イベリス様はイーリス様のことを嫌っておりませんし、むしろ兄として慕っていますから……」

 心優しいイベリスはイーリスが自分を邪魔者だと思っているなどとは微塵も思っていない。そんなイベリスに今回の黒幕がイーリスだと伝えるのは酷すぎる。

「それに確たる証拠がありません。いくら錯乱魔法が目の前で使われたと言ってもそれがイーリス様の魔法だという証拠はどこにもないのですから」

 モルガは神妙な面持ちでそういうと、サイシアもアリアも静かに考え込んだ。