「癖なんだ、やめられない」


「……そう…。……今日会ったあの子、可愛いわよね。無垢って感じで」



脈絡のない話だ。俺は洋子の目を見て、すぐに逸らした。



「あぁ…あの子ね」


「私の幼なじみの許嫁なのよ」


「へぇ」


「この前のパーティーで話し掛けたの?珍しいのね、子供に興味持つなんて」



不正解。話し掛けたのは“この前のパーティー”じゃなく数年前に行われた“第1回目のパーティー”だ。


あの日、息苦しい会場から抜け出せば、廊下には女の子の華奢な後ろ姿があった。


その子の親の会社の人間がデザインしたであろうフラワープリントされた薄い桃色のドレスを、ついさっき会場で見たのを覚えていた。


いや、それよりもっと目に焼き付いていたのは――母親の隣で、柔らかく笑う幸せそうな表情だった。



未成年であることなんて分かったうえで、部屋を取った。滅茶苦茶にしてやりたかった。


時間を掛けてとびっきり優しく扱って、その後でゆっくりと裏切ってやりたい、と思った。



「大嫌いだよ、ああいうタイプ」





あの子は『親や家系に縛られるのが嫌だ』と言った。


少し話すだけで、立っている位置の違いを嫌でも自覚させられる。


絶対に理解し合えないと思った。


あの子は何も知らないのだ。自分が恵まれていることも、何も。


だからこそ余計に加虐心が煽られた。


この子を、この子のいる位置から自分のいる位置まで突き落としてやりたいと思った。



「でも、興味はあるんでしょう?…あんた、出掛け先に知り合いがいても気付かないことの方が多いじゃない」


「そうだね、構うのは面白いかな。どう壊してやろうか考えるのが楽しくて」



そう言うと、洋子はまたふっと笑った。



「勝手な人」


声が少しだけ掠れている。



「どう…っ…して……、私の自由は奪うくせに、秀司の自由は奪わせてくれないの」



それが、嗚咽に変わる。