* * *
放課後。
私は近所の小さな書店へ向かった。今日から私はここでアルバイトすることになる。
と言ってもこの書店、おそらく高校生は受け付けていない。
雇ってもらえるか、堂々と制服で聞きに行ったのが良かったのだろう。
私の学校は…まぁ、この辺りでは“お嬢様学校”なんて呼ばれている学校だ。
周りが想像しているような華やかな学校生活を実際に送っているわけではないけれど、それなりに有名ではある。
そんな学校に通う生徒がアルバイトさせてくれないかと聞きに来たとなれば断りづらいだろうし、何か理由があると思ったに違いない。
採用基準が緩かったのか、案外あっさり採用してもらえた。
多少無理に頼み込んだ感も否めないけど、学校から帰ってきてからしか働けない私を雇ってくれたのは本当に有り難い。
「じゃあ、あとは早瀬さんに聞いてね」
この書店で長く働いているらしい店員さんがざっくり説明をしてくれた。
早瀬さん、と言った視線の先には、ミディアムヘアの若い女性がいる。
「はぁい、こんにちは!早瀬美奈っていいます。高校生が来るっていうからびっくりしたけど、そういう本の扱いは全部私がやるから安心してね!」
明るい笑顔で「ついに私も先輩か~うへへへへ」とはにかむ彼女は、年上とは思えないほど可愛らしい。見たところ20代前半のように見えるけど…。
「伊集院栞です。よろしくお願いします」
「こちらこそ!実はね、私も無理言って高校生からここで働かせてもらってるんだ」
どうやら、この書店では高校生の採用は初めてではないらしい。
改めて良かった、と思った。近場で学校帰りに寄れる店なんてここくらいしかない。
門限を破ってしまった日以来、私の中の小さな反抗心が余計に膨れ上がってしまって。
せめて自分の趣味に使うお金くらいは自分で稼ぎたいと思うようになった。
バイトすることにも反対はされたけど、お母さんに何とか説得してもらったのだ。
「そうだなー…今日はシュリンク作業やってもらおうかな。それともレジやる?」
早瀬さんが私の方を向いて問うた。
シュリンク作業…さっきの店員さんが言ってたコミックにビニール掛けするやつだ。
いきなりレジをするのも、お客さんに迷惑を掛けそうで気が引ける。
「レジは…少し練習してからやりたいです」
「オーケーオーケー、後でじっくり付き合ってあげるよ~ん」
にやりと笑って私の肩に手を回してくる早瀬さん。
うぅ…このハイテンションに付いていけるだろうか。
と。誰かが入ってくる音がした。入り口の隣にあるレジの人はちゃんといらっしゃいませ、と言った。私たちは棚の奥のシュリンカーへ向かっている。明らかに今入ってきたお客さんとの距離は遠い。
いらっしゃいませ、とはこういう場合も言う物だろうか。
普段行く書店の店員はどうしていただろうか。
入り口の近くにいたら言っていたような気もするけど、入った途端店員全員にいらっしゃいませと言われるのは逆にどうなのだろうか。
早瀬さんは気にする様子もなく歩いている。よし、やっぱりこの場合は言わない方が正解…
「――栞?」
思考を遮るように、聞き慣れた低く甘い声が耳に届いた。
ほぼ反射的に振り返る。真っ先に目に入ったのは、見慣れたブラックスーツだ。
そして次に、その隣にいる背の高い女性――洋子さんが目に入った。