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貴史さんとデートした次の日、月曜の昼休み。
私はご飯を食べながら、昨日の出来事を野薔薇に話した。
貴史さん曰く、あの美人さん――朝比奈 洋子さんは小さなファッション会社の社長令嬢らしい。
一条さんと洋子さんは元々許嫁で、いつ結婚してもおかしくはない。
私はそんなこと、全然知らなかったけど。
「ふぅ~ん。一条さんにそんな相手がいたとはねぇ」
どこか楽しそうに食後のポッキーを食べる野薔薇。
「それでね?今思い返すと洋子さん、夜中に一条さんと会うみたいな話してたの。」
「うっそ~栞を家に泊めた次の日の夜に婚約者と会う約束してたってこと?やるわね、一条さん」
「いや…先週の土曜は泊まってないよ」
「え?いつも泊まってるのに?どうしたのよ、一体」
「ほら、この前一条さんの看病して門限破っちゃったって話したでしょ?それからお父さんが何だか厳しくなって。友達の家に泊まるのは月に1回にしなさいって言われたの」
私は小さく溜め息を吐いて、学食で買ったパンを口に含んだ。
何に対する溜め息なのか自分でもよく分からない。
野薔薇はうーん…と考えるような素振りをした後、もう1つのポッキーの袋を開けながら言う。
「もしかして一条さん、土曜の夜は栞を家に泊めて日曜の夜はその洋子さんとイチャイチャ、を毎週繰り返してたんじゃないの?」
「え…」
「有り得なくもないでしょ?もしくは栞が土曜だけで洋子さんは土曜以外全部…とか」
「………」
「栞を毎週泊めるくせに手を出したりはしないみたいだし、おかしいとは思ってたのよね。あ、手を出してないって挿入しないってことよ?どうせキスやら手でされるやら何やらはしてるんでしょ」
「……。」
「私が思うに、それが一条さんにとっての境界線なんじゃないかしら。本命はあくまでも許嫁、ってね」
洋子さんを思い浮かべる。次に、一条さんも思い浮かべる。
2人を脳内で並ばせてみる。
……凄く、お似合いだ。
一条さんも、洋子さんなら抱くんだろうか。
そりゃ私みたいな子供より、ずっといいよね…。
「この機会に、もう一条さんと関わるのやめたら?私ますます心配になってきたんだけど」
「でも…私だって許嫁がいるのに一条さんと会ってるし」
「栞の場合はちょっと違わない?話聞いてるだけでも、貴史さんとはただのお友達って感じがするんだけど。一緒に出掛けたりはしても、キスとかはしたことないでしょ?親が決めたから結婚するけど別に恋人になりたいわけじゃない、みたいな」
確かにそうだ。でも許嫁は許嫁だし、将来結婚する相手。それなのに私は…。
分かってる。一条さんとの関係はいつか終わらせなければならない。
曖昧な関係だ。この関係を何と呼ぶのか、分からない。知らない。
だけど――…。
「ごめん、意地悪なこと言っちゃったかも。私は栞がまだ一条さんといたいと思うならそれでいいと思うよ。でも、もし今後栞が一条さんのことで傷付いたりするようなら、その時は止めるからね」
私があまりにも深刻な顔をしていたのか、野薔薇はなだめるように苦笑してそう言った。
パンの最後の一口を呑み込み、窓の外を見る。
青い、青い空が広がっていて。不意に、溜め息が出た。