思えば、一条さんは絶対に私を抱かない。
手でされる時はあるけれど、一条さん自身が満足するような行為はしない。
それを大事にされていると勘違いしてしまう私は何なのか。
「おーい、栞。聞いてるかー?」
「え…あぁ、まぁ」
「じゃあ今俺が何言ったか言ってみろよ」
「………“このグラビアの女の子可愛い”?」
「違ぇよ!」
違うのか…貴史さんならいつもこんなこと考えていそうだと思ったのに。
私たちは今、私の学校の近くの小さな書店にいる。
私は雑誌も少年漫画も、基本的に何でも読む。
それは貴史さんも同じで、そういう面でも私たちは気が合っていた。
一応婚約者である男性が、せめて話の合う人で良かったと思っている。
「あ…新刊2冊も発売してるね」
「マジ?んじゃ、1人1冊買って貸し合うか」
「よし、じゃあ次会う時用意しといて」
そんな他愛ない会話をしながら、ぶらぶらと歩く。
雑誌が売っている棚の傍を通ると、ふと貴史さんが言った。
「そういやSOROの社長さん、想像してたより若い顔だったな」
少しだけ動揺する私。でも、それは表に出さない。
「まぁ、そうだね」
「何歳で結婚するんだろうな」
「え?」
「いや、もうすぐなんじゃねぇかなって。1人でやっていくのも寂しいだろ。あの人、家族いねぇし」
…家族がいない?
「どういうこと?母親はいるんじゃないの?」
「それがな。あの人の母親、あの人が生まれて間もない頃に死んだらしいんだよ。大変だよなぁ」
思わず息を呑んだ。そんなこと、知らない。
一条さんは私に家族のことなんて話さない。
…というか。
「何でそんなこと貴史さんが知ってるの?」
「いや、俺も知らなかった。ちょっとこの前可愛げのないやつから聞いて…」
その時だった。
「だぁーれが可愛げのないやつですって?」
後ろから、凛とした美しい声。
振り返ると、私より少しだけ背の高い美人さんが立っていた。
腰まである長く綺麗な黒髪。きりっとした目。モデルのように細く長い足。
全身で大人っぽい雰囲気を漂わせている。