「…それが何なんですか」


「ふーん。否定しないんだ?やっぱ男のカンも当たるもんだね」



綺麗な、洒落にならないくらい綺麗な微笑が向けられる。


しかしそれには、言い知れぬ狂気が混ざっていて。



「わけが分かりま――、」


言い掛けた言葉は、喉の奥へと引っ込んだ。


一条さんが私の喉に手をかけてきたのだ。



熱い手がしっかりと私の首を捕らえる。



「いくら放し飼いでもね、栞は常に俺に首輪をされてる立場にあるんだよ?だからさ、どんな状況でも主を優先するのが礼儀じゃない?他所の奴に尻尾振るなら、いつまでも自分の居場所があると思わないで」



そう言って手よりも熱い唇で私の唇を塞いだ。


向かい合った体勢で一条さんの上に座らされる。


少しだけ抵抗しようと試みたけれど、敵うはずもなかった。


一条さんの綺麗な指先が私の唇をなぞり、再び自身のそれを重ねる。


一条さんの何もかもが熱くて、自分もその温度にドロドロと溶けていく気がした。



どこか縋るようなキス。


一条さんが何かを追い求める子供のようで、抵抗する気すら湧いてこなくなる。



何度も何度もキスを交わし、流されかけていたところで、ハッと気付いた。



「待っ…、一条さ、」

「黙って」


言いたいのに、激しいキスが私の全てを奪ってしまう。


後頭部を掴まれているせいで顔を逸らせない。



「い、ち、じょ、う、さん…!私薬買いに、」

「あるからダイジョーブ」

「え…?」

「会社の人に貰った」

「じゃ、じゃあそれを早く…」

「ダメ、まだご褒美くれるって約束してないでしょ」

「ご褒美って…本気で捨てろって言ってるんですか…!」

「本気じゃないと思う?」



……思えないけど。


一条さんは1度言い出すと聞かないから、捨てるって言うまで私を帰さないだろう。


でも、あれは貴史さんから貰った物だし…捨てるなんてできない。



いくら一条さん相手でもこんな我が儘、まともに聞く必要ないよね…?


そこまで一条さんの言いなりになってたら、私が駄目になってしまう。



どうせ捨てたか捨ててないかなんて分からないんだし、少し嘘を吐くくらい…。



「…分かりました。捨てますから薬飲んでください」


後ろめたい気持ちはあるけれど、私はハッキリそう言った。


だってこれはあきらかに理不尽な要求だし…あのドレスとネックレスを一条さんに見られないようにしていれば済むこと。