「だったら私に電話なんかしてないでゆっくり休んでください。」


『栞の声って落ち着くよねぇ』


「…はい?」


『ずっと俺の傍にいてくれたらいいのに』


いよいよおかしい。何かがおかしい。


いつもの一条さんなら、こんな統一感のない台詞言わないはずだ。……いや、寧ろいつも言ってるかもしれないけど。


私は暫しの沈黙の後、

「今どこにいるんですか?」

ともう一度問う。



『まいほーむ』


「それは分かってます。家のどこにいるんですか?」


『ベッドだよ。栞もおいで?』


「……因みに何でベッドにいるんですか?」


『なーんか、しんどいし』



いや待って、この人もしかして体調悪い?


体調悪そうだったから帰らされたんじゃ…心なしか、声も熱っぽいように感じる。






一条さんは甘えん坊のくせに、分かりやすく甘えることがあまりない。


いつも何か要求する時は遠回しだ。


だから私は、そんな一条さんに気付いてあげなきゃならない。




「――今から行きます。」


それだけ言って電話を切った。


野薔薇に忠告されたばかりだけれど、やっぱりこういう時、私は一条さんに対して無情になれない。


それどころか、“早く行かなければ”なんてよく分からない使命感に駆られている。



「ごめん、ちょっと急用できた」



私は美術室のドアを開け、野薔薇にそう伝えながら鉛筆を片付けた。筆箱を鞄にしまい、荷物を持つ。






「急用ぅ?何があったのよ」


「…し、知り合いが風邪気味っぽくて」


「ははーん。一条さんね?」



知り合いと言っただけなのに何で分かるんだろう。相変わらず野薔薇の勘は鋭い。



「……」


「図星かぁ。いいんじゃない?ライバル会社の社長の弱みを握るチャンスかもよ」



……そのうえ狡猾だ。野薔薇の狡賢さは色々通り越してもはや美しいレベルだと思う。


将来数々の男を誑かして遊んでそうだ。


なんだかんだ言っても頼りになる親友ではあるんだけど。



「弱みを探すつもりはないけど行ってくる。また明日」



私はそう言って再び美術室を出た。


後ろから野薔薇の「面白くないわね~」なんてからかうような声が聞こえてきたりもしたけれど、スルーしてバスの時刻を確認した。


放課後は部活動をして帰るのが遅れることがよくあるから、一条さんの看病をして遅れても問題はないはずだ。



ここから一条さんの家まで行けるバスは5分後に到着だ。――やばい。


私は焦りながらもバス停へと走った。