「必要ありません」



負けじとこちらも満面の笑顔で反論してみるけれど、ピクリと一条さんの眉が動いた。


言うことを聞けという合図なんだろうか。



流石の一条さんでもこういう場で強引なことはできないらしく、態度で私を従わせようとしているみたいだ。



「……今はプライベートじゃないでしょう?」



そう言って私はチェアから立ち上がり、一条さんを置いて廊下へ向かう。



しかし一生懸命早歩きする私の後ろを一条さんは涼しい顔でついてくる。クソ、これが脚の長さの差か何かか。




「たしかにプライベートじゃないけどね、俺はこの場で君が必要なんだよ」


「………」



そういう口説き文句を言うにしても相手が違うし、ましてやこんな場所で言う台詞ではない。


もういいこの人知らない。

他人のフリでもしとけば何とかなる。



そのまま無視をかまして早歩きを続け、人混みだらけのパーティー会場の外へ。


人の熱で生暖かい会場内よりはずっとひんやりとした廊下の方が心地良い。



「しーおーりぃ」



周りに人気がなくなった途端、さっきとは全く違うだらしない声が私に降り掛かってきた。


何でついてくるんだ、貴方は私たちと違って社長本人なんだから話し相手くらいパーティーに戻ればいくらでもいるでしょう。



「無視とか酷いなぁ。1人で会場にいると色々な人が話し掛けてきて愛想振り撒かなきゃいけないのに」



一条さんは精一杯早歩き中の私をあっさり追い越し、壁に手を当て逃げ道を塞ぐ。



「そんなにパーティーが嫌なら来なければいいじゃないですか」


「辛辣だね。俺は栞に会う為に来たのに」



私と会う為に来た?都合良いことばっか言って…何なんだ、もう、この人は。





「意味が分かりません」


「覚えてる?このホテル、1回目のパーティーが開催された場所でもあるんだよ」


「―――…」




嗚呼、そうだこの廊下は。



数年前の第1回目のパーティーで――抜け出した私と一条さんが初めて会話をした場所だ。



「懐かしいね」



何かを含んだ笑みを見せ、私の腰に腕を回す。


慌てて人が来ないかと周囲を警戒する私とは違い、一条さんはカードキーを使って真後ろにある部屋を開けた。


一瞬何が起こったのか分からなかったけれど、すぐに予約した部屋だと悟る。



「この部屋もそうだよ」


「っ、」


「初めて俺たちが泊まった部屋」