黙って貴史さんの横を通り抜けようとしたが流石にそれは許されず、二の腕をがしりと力強く掴まれてしまった。


止めるくらいなら用件を早く言えばいいのに…。



「悪い悪い。栞が可愛いから、からかいたくなっただけだよ」



美辞麗句ばかり並べられても、ね。


本気がどうか分からないお世辞ほど惨めな気分になるものはないということを分かってない。



「昨夜の電話は栞に似合うドレスを用意したって伝えたかったんだ」


「………え」



思わず貴史さんの顔を見上げた。



私はドレスにそこまで興味がないから自分の物を持っていない。大抵パーティーの時は借り物を着ている。


でも…色んなドレスのデザインを見るのは好き。



そんな私の心情を察したのか、貴史さんはにこにこと口元を綻ばせた。




「勿論借り物じゃなくプレゼントだからな」


「え……私にくれるってこと?お金は…」


「そんなんいいっつーの。栞は俺のフィアンセだろ?部屋に置いてあるから着替えてこいよ」



正直くだらない用事かもしれないと思い始めていたから意外だったというか…。


当たり前だけどこれまで男性からドレスをプレゼントされたことなんてなかったし、少し…いやかなり嬉しい。



「ありがとう」



口から出たお礼の言葉は、私にしては素直なものだった。



貴史さんも満足げに私の頭を撫で、



「お礼は猫耳コスプレでいいから」


と冗談めかして言ってきたので思いっきりスルーしてやった。