首を横に振り、保健室へ逃げ込むも磨かれた革靴は追ってきた。

「前の学校での件は聞いている。やるせなくて悔しいだろう。だが、僕はそれでも君に辞めないで貰いたい」

「それはご心配なく。辞めたりしませんよ。私、今年で29歳です。未経験の職種にチャレンジする勇気はないですから」

 学園をよりよくしようとする人の前で後ろ向きな発言をする。けれど、これが本心だ。

 薄暗い室内のカーテンを引き、清潔な空間から弾かれないように白衣を纏う。

「そういえばーーお子さんが生まれるんでしたよね? 母がお祝いしたいと言ってまして。性別はお分かりですか?」

 沈黙を避け、あえてプライベートな話題を切り出す。

「あぁ、妻は知ってるが僕はあえて聞かない、会える日を楽しみにしているんだ。出産祝い等々はお気持ちだけで結構。それより寧音ちゃんも一緒に実家へ顔を出してくれると嬉しいな。両親が会いたがっていてね」

 含み笑いをされ、ピンッとくる。

「おじさまとおばさま、次は私のキューピッドを?」

「見合い結婚、僕も最初は抵抗があったさ。でも今は見合いをして本当に良かったと思う」

 そんな断言する表情に対して、前置きしつつ意見を述べた。

「これは嫌味ではないですよ? 愛の力は偉大ですね。経済の第一線で活躍していたのに、生まれてくる子供の学びの場を作りたいからと転身するなんて」

 私には出来そうもないーー言葉を続けようとするも口元へ人差し指が立てられる。