「あー、それでですね、月見里先生にお願いが」

 伺いを含む言い回しに私のセンサーがすぐさま反応する。

「レスリング部のお手伝いの件はお断りしたはずですが?」

「やっぱダメかぁ〜」

 ぴしゃりと言い放てば、ホイッスルを下げたままの襟足を撫でて残念がった。それと同時に周囲から『また壬生先生が振られてる』や『壬生先生って懲りないよね』とか、クスクス笑い声が上がる。

「コラコラ、振られてるって何だ? 人聞きが悪いぞ。お前達は三顧の礼って知らないのか?」

 茶化す生徒達をジト目で見やる壬生先生。体育教師だけあって体格に恵まれ、女子校では存在がより際立つ。少々子供っぽい仕草で印象を和らげているのだろう。その効果はてきめん、彼は学園で一番人気の教師だ。

「えー、壬生先生ってば三回以上断られてない? かわいそ」

「うるさい! さっさと教室へ入れ! 予習しとけ!」

 シッシッと追い払うジェスチャーをすり抜け、私は職員室へ踏み込む。

「え、あっ、待って下さいよぉ〜月見里先生」

 一方こちらは前任者が産休中に配属された非常勤医。女子レスリングの手伝いはおろか、生徒等と積極的に関わるつもりはない。

 私は与えられた範疇で仕事をするのみ。

(どうせ必要以上に心を砕いたところで裏切られるんだから)