その日はいつものひとときではなかった。


「これ、なに」


 目の前に出されたのはコーヒーの他に、ケーキがひとつ。


「咲麻、誕生日おめでと」

「あ、ありがと……びっくりした……」


 そういえば、今日は私の誕生日だった。

 近頃忙しくてすっかり忘れていた。


 まさかのサプライズ。そういえば先週、別れ際に楽しみにしててって言ってたっけ。


 私の好きなチーズケーキ。この香りは……お店で出してるやつだ。

 一口食べてみると、口の中にあふれるチーズの風味。

 何度か母と来た時に、いつも食べている味だった。


「どう? 味の方は」

「ん? おいしいよ。でもいいの? 店の商品のケーキまでごちそうになっちゃって」

「……何か変なところない?」

「ん、なにが? ねえ、いただいていいの? これあまりもの?」


 いつもコーヒーをいただいていながら、いまさらって感じではあるが。


「よし! やった!」

「どうかした?」

「これ、じつは俺の手作り。母さんの味をマネてみたんだ」

「えっ! このケーキが?」

「そうそう。どう? 店のと変わんないくらいにおいしい?」

「うん、なんか悔しいけど、ほんとにおいしい」

「なんで悔しがるの!?」

「ごめん、うそうそ。でもまさか、りゅうが作ったなんて。いつのまに覚えたの?」

「休みの日に、ちょくちょく教えてもらってたんだ。でも今回のは一番の出来かもしんない。咲麻の誕生日に間に合ってよかった」


 私の誕生日にわざわざ出すために時間をとって覚えたってこと?

 そんなの、なんだかまるで……。


「咲麻、大人になったら結婚しよう」


 不意打ちの一言。


 時間が数秒止まった気がした。


「な、なに、どうしたの急に」

「誰かに取られないうちに、ちゃんと言っておこうと思って」

「は?」

「春に再会した時、びっくりした。すごく綺麗になってたから。三年も経てば変わっちゃうかと思って心配してた。でも、僕の知ってる咲麻で安心した」


 そんなの、こっちだって散々心配した。私だけだと思ってたけど……。


「ずっと思ってたけど、ちゃんと言葉にしておかないとって考えてたんだ」


 いつになく真剣なまなざしをこちらに向ける流星。


「俺が咲麻を幸せにするから、ずっといっしょにいてほしい」

「あのさ、姫野さんは?」

「ん?」

「ほら、私のクラスの、美化委員の姫野いろはさん」

「ああ、委員会の集まりではよく話すけど、彼女がなにか?」

「いやいや、それなら……別になんもないけど」

「あれ、もしかして俺が姫野さんと付き合ってるって思ってた?」

「はあー? 別にそんなこ──」

「言ったでしょ。僕はずっと咲麻ちゃんが好きだからって」


 耳元にふりそそぐ流星の声。

 そうだね。ことあるごとに言ってくれてたっけ。


「咲麻。やいてたの? かわいいね」

「そ、そんなんじゃ……」


 やいてなんかないって返したいけど、悔しいけど……。

 悔しいけど、安心しきってる私がいる。


「ところで返事は?」


 まっすぐに見つめてくる流星の目。


 私は素直にうなずいた。


「まずは、お付き合いから、でしょ?」

「あ、そっか……」

「け、結婚は……そのあとでなら、考えなくもない、かな」


 にっこりと微笑む流星。

 初めて彼に出会った時の、あのドキドキが今よみがえった。


「やった……ずっといっしょだよ。咲麻」