翌日。


 授業中、ずっと流星のことが頭から離れなかった。


「久しぶりに咲麻に会えて、めっちゃ嬉しかった」


 昨日、家まで送ってくれた別れ際、流星はそんなことを言った。


 私も、とは言えなかった。


 だって、恥ずかしかったし。


 その時、ラインも交換した。

 昨日から何度も見返してるトーク画面を、またもついつい眺めてしまう。


『今日はありがと! また学校で』

『うん、部活頑張って』

『咲麻が応援してくれるなら、頑張れる』


 これだけのやりとり。


 これは、まだ続けてもよかったのかな。

 迷ってるうちに送りそびれてしまい、タイミングを逃してしまった。



「長森さん?」

「──!」


 急に声をかけられて背筋が伸びる。

 相手はクラスメイトの、姫野いろはさんだった。


 クラスの中で一番目立っているので名前は覚えていた。

 髪も肌も綺麗で女の子らしい。うらやましいくらいにかわいい女の子。

 小学校は別だったから面識はなく、しゃべるのも初めてだ。


「姫野さん、どうかした?」

「いろはでいーよ。みんなそう呼んでる」

「う、うん……いろはちゃん」

「ありがと、あたしも咲麻ちゃんって呼ぶね」


 初めてしゃべるのに、とんでもないコミュ力で距離をつめてくる。


「どう? 学校慣れた?」

「うん……まあまあ、かな」

「聞いたよ。咲麻ちゃんは第二小出身なんだってね」

「うん」

「それでさ、三組の流星と幼馴染なんだって?」


 突然出た流星の名前に少し面食らう。


「流星……うん、青山流星のことだよね」

「そうそう、あ、ごめんね。下の名前で呼んでるんだあたし」


 笑顔でうなずいてる姫野さんの表情には、妙な余裕があった。


「流星がどうかした?」

「んー、それがめずらしく弱音吐いてたんだよね、あいつ。生徒会に部活にいっぱいいっぱいだって」


 その後、休み時間の間、姫野さんは流星のことをずっとしゃべっていた。

 サッカーの大会を控えていることや、体育祭の準備で忙しくしていることなど、私の知らないことについて延々と。

 きちんとヘアケアがされたさらさら髪を、指先でくるくるとまわしながら彼のことを語る姫野さんは印象的だった。


 ああ、流星のこと、ほんとに好きなんだろうな。


 彼女はそんなこと一言も言わないけれど、目を見ていれば自然とわかる。


 私に向けた笑顔の裏で何を思っているかはわからないけれど、彼のことをこんなに話してくるなんて、理由は一つしか思い当たらない。


 もしかして、流星に近づくなって釘さされてる?


「ねえ、咲麻ちゃんは流星と連絡とってたの?」

「いや、とってないよ」


 あの頃はスマホを持ってなかったのもあって、ずっと連絡はとれていなかった。


「えー! 幼馴染なのに? そっか、そんなに仲良くなかったんだ?」

「んー、どうだろ……」

「まあいいけど、私はしょっちゅうラインしてるからさー」


 胸がズキリといたんだ。

 なぜかわからないけど、全身に悪寒が走る。


 その時、別の女子が近づいてきて、姫野さんの肩をたたく。

「いろはちゃん、また流星くんの話してるのー? もうさっさとコクって付き合っちゃえばいいのに」

「えー、だって向こうから来てほしいじゃん? きゃはっ」


 そんな会話を繰り広げながら、彼女たちは離れていった。


 なんでこんなに、こころがいたいんだろう。


 みんなの流星に対する評価が180度変わっていたことは、成長した彼を見たら納得だったけど。


 なぜか、私の知らない流星になっているような、もうそばにはいてくれない、ずっととおくへ行ってしまったような気がして……。


 窓の外に青はなく、どんよりとした雲がどこまでも広がっていた。