決して遅刻しそうってわけじゃなく、どちらかと言うと余裕をもって登校している。なのにあたしはいつも、この街並みをゆっくり見渡す余裕もなく、やや駆け足でバス停まで向かう。そういう仕組みになっている。

緩やかな坂を登り終え、大通りに差し掛かった。

道路を跨ぐ歩道橋はお城へ向かう階段。目指すはバス停。スーツ姿の男性があたしの王子様。

この距離なのに、ハートの矢が心臓にぐさぐさと刺さる。

ああ、今日も世界一かっこいい……!!

荒れた息を落ち着かせ、手鏡を取り出して前髪を整え、薄くなった唇にちょっとでも色を与えるようにと色付きのリップで唇を塗り塗りと2周させた。

どくん、どくん。

呼吸は元通り。けれど、鼓動は高鳴るばかり。

深呼吸を何度か繰り返し、リュックの紐を握りしめて近付く。彼がイヤホンを外したのと、あたしが声をかけたのは、どちらが早かっただろう。

「灰慈(はいじ)くん、おはよう!」

甘い顔立ちに似合わず長身な彼は、あたしを確認するとその顔に王子様の微笑みを浮かべた。

「おはよう、ふみ」

優しい茶色をした猫っ毛に、色素の薄い琥珀色の目。滑らかで陶器のように白い肌、シャツ越しでも分かる骨格の美しさ。何を隠そう彼が、そう。あたしの王子様。