「相席、いいですか」と尋ねながら、その男は座ってきた。私は少し目を上げて頷くと、そのまま本を読み進めた。

こうして向かい合わせになると、奇妙な緊張感が生まれる。

男は運ばれたコーヒーを啜りながら、辛うじて聞き取れる声で囁いた。

「ターゲットは情報通り、日課のランニングを始めている。コースもいつもと同じだ。その後は自宅に戻り、車で職場に向かう。チャンスは車に乗り込むまでだ。」「ガレージは」「外」「了解」

会話はそれだけ。私は本を少し読み進め、席を立った。男はゆっくりとコーヒーを啜っている。

ターゲットの自宅はカフェから5分ほどのところにある。カフェの前はランニングコースだ。

いた、あの男だ。派手なイエローのランニングウェアの男が私を追い抜いて走って行った。そっと後を追う。

家は分かっている。シャワーと着替えをする時間を見計らって家の前に着く。道路に面したガレージにライトブルーのスポーツカーが停まっていた。ちょうどその時、スーツ姿のターゲットが玄関から出てきた。運転席に近づき、乗り込もうとした男に声をかける。

「近藤尚臣さんですね。少しお話いいですか。あなた、出向先のTG社で顧客データを持ち出しましたね。」一息に畳み掛けると、男は驚愕した表情で固まった。「いえ、あなたを告発するつもりはないんですよ、そのデータを買い取らせていただこうかと。少し色をつけていただけると嬉しいんですが。」

キーを取り上げ、不安気な男を助手席に乗せ、私は車を走らせた。

「ど……どこへ……?」震えながら男が尋ねる。無理もない。

車は港へ向かい、寂れた倉庫へと向かっていった。