ビルの谷間に靴が鳴る。そこかしこにあるダクトやポリバケツを避けながら、真鍋は足早に進んでいた。ただでさえ草臥れたスーツには外壁の埃がつき、髪には蜘蛛の巣が纏わりついていた。

息が上がる。

立ち止まって後ろを振り返ると、どうやら追っ手はないようだ。

荒い息の中、懐の煙草を取り出し一服する。

ふう、と空に上る煙を見てようやく一心地着く。

そういえば、あれもこんな暗い夜だった。


一人家を抜け出して村の外れの社で和真と待ち合わせた。二人で丘の向こうの沼に向かう。

「新月の夜には決してあの沼に近づいたらいけないよ。恐ろしい化け物が待ち構えているからね。」と村の子供達は言い聞かされていた。

「恐ろしい、だって。なんだよそれ。」和真はニヤニヤしながら真鍋に持ち掛けた。「なあ、一度見てみようよ。」

月も照らさぬ丘を越え、立ち塞がる藪を掻き分けて、目当ての沼へ向かって行った。昼ならばあんなに簡単に着けるのに、闇夜の道行きがこんなに遠いとは。

息も絶え絶えに沼に着くと、向こう岸がぼんやりと明るく照らされていた。

まさか、本当に化け物がいたのか、と身を隠しながら目を凝らすと、そこには数人の男がいた。身に付けた衣装は白く浮かび、よく見ると洋服ではないようだった。

知っている男たちなのか、違うのか。

呆然と眺めていると、「おい」後ろから男の声がした。

びくりと振り返ると髭面の男が「村のガキか。なんの用だ。ようがなければ帰れ」と凄んだ。

なにも言えず後退る真鍋の横から、和真が

「あんたら、旅してるんだろ、俺を連れて行ってくれ」と息巻いた。

信じられない顔の真鍋に向かい、「俺は帰らない。村でそう伝えてくれ」と告げ、和真は白装束の集団に入っていった。

置いて行かれた真鍋は村にもどったが、和真のことは伝えられなかった。村ではちょっとした騒動になったが、やがては行方不明ということで警察に届けられた。


ふと真鍋は人の気配に我に返った。囲まれている。

無意識に懐に手を入れる真鍋に向かい、一人の男が近付いてきた。

「よお、ずいぶん懐かしい顔じゃねえか。盗んだそれ、返せよ」

和真だ。雰囲気は随分変わったが、あのニヤついた顔は変わらない。