若い岡本さんに分かるよう、「接見」を「面会」に言い換えた。岡本さんは「あ、さっきかかってきてた電話の……」と思い出す仕草をする。刑事弁護の配点の電話を取ってくれたのは岡本さんだった。


「でも先生、珍しいですね。刑事事件なんて、うちでやってる人、あんまりいませんよ」

「まあ、そうですよね。でも今日のは国選ですから……」岡本さんが少しキョトンとしたので「刑事弁護の当番をしなきゃいけないって決まってる日があって。ここの警察署に逮捕されてるこの被疑者の弁護をしてあげてくださいって電話があったら、行かないといけないんですよ。今日はその日なんです」と簡単に説明した。

 岡本さんは「ああ、そうなんですねえ……大変ですね……」と納得したような、そうでもないような微妙な返事をした。


「じゃあ、今から警察署なんですね。外、雨降ってますし、お気をつけて。いってらっしゃい、先生」

「ありがとうございます」


 重たいコートを片手に、自分と年の変わらない秘書さんに見送られて事務所を出た。

 よくあるように、事務所の地下が地下鉄の駅と直結しているお陰で、事務所を出ても傘をさす必要はなかった。その代わり、地下鉄が地上に出れば、電車の音に負けないくらいの強い雨が窓を叩き始めた。普段ならデスクワークばかりで、事務所から出る必要なんてないのに、こんな日に限って当番だなんて、ついてない。

 警察署で、被疑者――逮捕されている人と面会できる部屋は一つしかない。しかし、警察署に被疑者は大勢いるし、その被疑者一人一人に、面会を希望する人がいたり、いなかったりする。当然、面会室の手前のソファには順番待ちの人が何人も並ぶことはよくある。その人数は時と場合によるので、運が良ければ待たずに面会できるし、運が悪ければ何時間も待たされる羽目になる。

 そしてどうやら、今日は運が悪い日らしい。濡れたコートと傘を片付けながら、静かに溜息を吐いた。面会室前のソファには、五人座っている。

 その五人の様子を簡単に観察する。中年男性二人、若い男性一人、中年女性一人、若い女性一人……。中年女性と若い女性はコソコソと何かを喋っているので、きっと連れだろう。男性三人はそれぞれスマホを見たりパソコンを見たりしているので、きっと弁護士だ。

 弁護人以外の面会は三十分と限られている。女性二人はきっと一般面会だろうけれど、おそらく男性三人は弁護人だ。となると、今日の待ち時間は長そうだ……。午後一時を回ったばかりの時計をみながら、壁に凭れ、溜息を吐いた。

『この犯人とか、知り合いだったりするんですか?』

 仕事をするスペースもないせいで、岡本さんの話を思い出してしまった。床におろしたカバンの中から、そっと手帳を取り出す。その手帳の中に挟んである、四つ折りの記事を取り出した。