二人が何も言わないので私が返事をする羽目になった。その人は「そういうこともある、ね。まあそうかもな」とどこか面白そうに笑った。


「分かったら、勉強の邪魔しないでくんね? 来週、実力テストなんだ」


 桜井くんは至極真面目な顔で教科書を叩いた。勉強をしようとしていたのは最初の一分もなかったのに何を言っているのか。


「勉強なんかしなくたって、西中のインテリヤンキーくんに勉強はいらねーだろ?」

「いるのは俺だよ!」


 雲雀くんが不良のくせに成績優秀なのは公知の事実、そして桜井くんは自分の勉強のできなさを包み隠さず……。素直な反応だったからか、ピンクブラウンの人はケラケラと軽快に笑った。


「そっかそっか、死二神の片方はバカだったか」

「うるせーな!」

「つか、(ほたる)さん、アンタ何の用があってきたんだ?」


 変わった苗字……いや名前? とにもかくにも知り合いではあるらしい、そのピンクブラウンの「蛍さん」は「そうカッカすんなよ、手負いの獣かお前は」と呆れながら、手近な机に腰を預けた。


「入学式、庄内(しょうない)達がちょっかい出しに来たって聞いてな。群青のトップとして、そこは一言謝りにきた。悪かったな」


 ……群青のトップ? もしかして二人の友達かもしれないと能天気なことを考えていたせいで、聞いた瞬間に鳥肌が立った。

 群青のトップってことは、昨日やってきていた怪物とその手下のボスだ。あのゴリラのボスが、このアイドルみたいな顔をしたピンクブラウン? そのギャップに混乱すると同時に、小柄な見た目とは裏腹に凄まじい強さをその内に秘めているに違いないと思うと、身が(すく)む思いだった。

 ついでに、先週の怪物のセリフに出てきた「永人(えいと)さん」という名前を思い出した。もしかしたらこの人の名前は「(ほたる)永人(えいと)」なのかもしれない。


「……蛍さんさあ、アンタのそういうところは嫌いじゃないんだけど」


 それなのに、雲雀くんの態度は同級生と話すときのそれだ。私に接する態度と、礼儀という意味では大差ない。


「どうせ、詫びは方便(ほうべん)で、ついでに誘いにきたんだろ?」

「もちろん。ああそうだ、灰桜高校に入学おめでとう」


 蛍さんはまるで心から祝福するかのように拍手をした。私は二人の横でただただ面食らう。


「どーも。でも蛍さん、言ったろ。俺らはそういうんじゃないって」


 桜井くんの態度も上級生と話すときのそれではなく、相変わらずゆらゆらと椅子の上で体を揺らしている。


「俺らは二人で楽しくやってんの。んでもって、チームとか組織とか、そういう上下関係があるもんは苦手なの」