かつての私は、実の両親と、全国各地を転々としながら3人で暮らしていた。
 転勤族の父は、いわゆるエリートサラリーマンと言われるような人で、母は短大を出てすぐに父と結婚したのだが、今思うと、単に私ができたから結婚したのだろう。
 いつも帰りの遅い父親とは殆ど話したこともなく、母はずっと専業主婦だったが、私が小学校3年生にもなると、家事を一切放棄し、家に居ないことが多くなった。
「あずなちゃんのお母さん、若くて美人でいいよね!」
 周りからはそう言われていたが、私は、そんなこと、ちっとも嬉しくなかった。
 それよりも、帰宅した時に待っていてくれたり、おふくろの味と呼ばれるような手料理が食べられることに憧れていたから。
 周りは共働きの家庭が多かったものの、祖父母や兄弟姉妹がいるので、自分だけがひとりぼっちのような気分だった。
 それでも、うちはうち、よそはよそ、と、自分に言い聞かせてきた。