五分間のタイマーが鳴って、僕は帰ることにした。風呂に入っているのかもしれないし、夕食を食べているのかもしれない。通知に気がついていないのだろう。もしくは無視されているか。

 インターホンは結局押さなかった。押せなかったと言うべきか。僕は自分が思っているよりも臆病な性分のようで、父親が出てきたらどうしようだとか、母親が出てきても梨々香をわざわざ呼んでもらうのもどうなんだろうだとか、押さない方が良いという言い訳をいくつも探し出して、新たな一歩を踏み出すのを拒んだ。

 彼女の家まで走ってきた時の熱い僕はどこに行ってしまったのだろう。弱虫は彼女の家の表札の前に立つその一歩ですらろくに踏み出せなかった。

 帰り道の途中、またメッセージアプリの通知音が鳴った。

「やだね。」

 彼女からのメッセージは珍しく短く、句点で締め括られていた。

 彼女と僕の人生最後のやり取りは、共にいた時間に比べると酷く短く終わってしまった。この時、追加でメッセージを送らなかったこと、家の前に行った時にインターホンを押さなかったことを、今となってみれば大変後悔している。

 彼女の家の前まで行ったのも彼女への愛ゆえではなく、ただ彼女を愛する自分に酔っていただけなのかもしれない。

これらの事は僕の人生史上最大の恥じるべき失敗であり、罪深きことである。


 家に帰りゆったりとドアを開け、自室に向かおうとすると母から一言。
「大丈夫だったの?」

「うん」 と返して自室にまた籠った。
 さあ、切り替えよう。何もなくてよかったじゃあないか。