【#気になる男の子】


「また隣の席、春名だ」

中学2年生の新学期。

教室に入って自分の席に着いたら、すでに隣の席に座っていた真柴(ましば)が言った。

「また隣の席 真柴だ」

ちょっと嫌そうな言い方になってしまったけど、本当は嬉しかった。

というのも、真柴はわたしにとってちょっと気になる男の子だからだ。

小学3年生の時からずっと同じクラスで、出席番号順の席では必ずと言っていいほど隣の席になっている。

だから、お互い「また隣の席だ」と言ってしまったんだ。

隣の席ということは当然生活班も一緒なわけで、授業中のグループ活動も給食の時間も掃除の時間もいつも一緒。

そんな中で気がついたこと。

真柴は、特別カッコイイわけじゃない。

だけど、いつも面白いことを言ってみんなを笑わせてくれる。

いつのまにかみんなを盛り上げている。

そして、ただのお調子者のムードメーカーってだけじゃなくて、優しいところもあるんだ。

あれは初めて同じクラスになった小学3年生の時のこと。

あの頃、わたしのクラスではこっそりクラスメートの靴箱の上履きを反対にするイタズラが流行っていた。

ある日の放課後、偶然帰り際に昇降口で真柴とすれ違った。

その時に一言、「春名の靴、反対だったから直しておいた」って言われたんだ。

「……あ、ありがとう」

突然のことに驚いて、それだけ言うのが精いっぱいで。

あの時、思ったんだ。

真柴って、わたしのことをよく見てくれているんだなって。

そして、わざわざ直してくれるなんて優しいなって。

今思えば、あの時から真柴はわたしにとって気になる男の子だったのかもしれない。


【# 3日間の両想い】


「それでは席替えをします。ご対面方式なので、まずは男子に好きな席を選んでもらいます。女子は全員廊下に出て待っていて下さい」

6月のある日。

担任の先生の提案で席替えをすることになった。

先生の指示に従って、女子がみんな廊下へ出る。

わたしも親友の芽衣ちゃんと一緒に廊下へ出ようとした、その時。

「春名」

名前を呼ばれて振り向くと、真柴がいた。

「あとで席教える」

他の人に聞こえないように、こっそり言われた言葉。

それはつまり、またわたしが真柴の隣の席を選べるようにしてくれるってことで。

真柴は、わたしと隣の席になりたいと思ってくれているってことだよね。

嬉しい気持ちでいっぱいになりながら廊下に出ると、

「舞桜ちゃんと真柴ってすごい仲いいよね」

芽衣ちゃんが言った。

「そう?」

「うん。なんか真柴って舞桜ちゃんのこと好きな気がする」

「え~それはどうかな」

なんて言いながら、心の中では「そうだったらいいな」って思ってる。

でも、そっか。わたしたち、他の人から見たらそんな風に見えるんだ。

嬉しいような恥ずかしいような、胸の奥がくすぐったいような感じがする。

「はい、それじゃ女子教室に入って~」

しばらくして、先生が教室のドアを開けて声をかけた。

と同時に、入れ替わりで今度は男子が廊下に出てくる。

真柴はどこの席にしたんだろう。

と思っていると真柴が教室から出て来て、わたしとすれ違いざまに「一番窓側の4番目」と耳打ちしてくれた。

教室に入ると、わたしは真柴が教えてくれた一番窓側4番目の隣の席を選んだ。

「舞桜ちゃんそこにするの?」

「うん」

「じゃあわたし後ろの席にしていい?」

「もちろん」

芽衣ちゃんと真柴と同じ班なら毎日楽しくなりそう。

「それでは、みんな選んだ席について下さい」

先生の言葉で男子も教室に入ってきて、それぞれが選んだ席に着く。

みんな驚いたり喜んだり、ざわざわと騒がしくなる教室の中。

わたしの隣に座ったのは、もちろん真柴で。

「え~また隣の席春名かよ~」

なんて、わざとらしく大きな声で今初めて知って驚いたように言っていたけど。

その言葉とは裏腹に、少し嬉しそうな表情に見えたのはわたしの気のせいかな?

*  * *

席替えをしてからも真柴は相変わらずみんなを笑わせてくれて、毎日楽しく過ごしていた。

ある日の休み時間、廊下の水道で手を洗っていたら、偶然真柴が隣に来て。

「あれ? 春名、背伸びたな」

真柴がそう言いながらわたしの頭と自分の頭の位置を手で確認してきて、自然と至近距離で向かい合う体勢になった。

その瞬間、恥ずかしさと気づいてくれた嬉しさで胸がドキドキして。

そしてわたしは、日に日に真柴のことを意識するようになっていた。

そんなある日の図工の時間。

「なぁ、春名って好きなヤツいるだろ?」

自分の席で作業に没頭していると、真柴と仲のいい野村が突然わたしに訊いてきた。

「え?」

どうして今そんな話になるのか全くわからないんだけど……。

戸惑っているわたしに、なおも野村は言葉を続ける。

「っていうか好きな人って広樹(ひろき)だろ?」

広樹っていうのは真柴のことだ。

野村は真柴と仲がいいから、いつも真柴のことを下の名前で呼んでいる。

みんながいるのに、好きな人が誰かなんて言えないよ……。

幸い本人の真柴は違うテーブルで作業しているから、この話は聞かれてないけど。

「あいつ、春名のこと好きだよ」

「……!」

答えられずにいたら野村にそんなことを言われて、思わず顔を上げてしまった。

それを肯定と捉えたらしい野村は、「なんなら今あいつに聞いてくるよ」と言って、真柴の席へ行ってしまった。

「え、待って」

ちょっと、なんでわざわざそんなことしに行くの?

もし違ったら恥ずかしいよ!

緊張と不安でドキドキしながら真柴と野村の方に視線を向ける。

ふたりの話し声までは聞こえないけど、ホントにわたしのことが好きか聞いてるのかなと思っていたら、「やっぱおまえら両想いじゃん!」と野村が大きな声で言いながら真柴と一緒にわたしの席まで戻って来た。

みんなが何事かとわたしたちの方を見ている。

ちょっと待って、なに? どういうこと?

混乱するわたしの前で、野村が真柴に訊く。

「広樹の好きな人って誰?」

すると、真柴は一瞬の沈黙のあと、恥ずかしそうにうつむきながら「春名」と答えた。

……うそでしょ?

ホントに真柴はわたしのことを好きでいてくれてたの?

でも、確かに今、わたしの名前を言った……よね?

「だってさ、春名。じゃあ、春名の好きな人は?」

野村が今度はわたしにそう尋ねた。

これはもう、正直に言ってもいいってことだよね……。

大きく高鳴る鼓動を落ちつかせるように一息ついてから、思い切って「真柴」と答える。

「真柴と春名、両想いだって! いいな~」

わたしたちの会話を聞いていた周りの子達が騒ぎ始めた。

それからのことは、あまりよく覚えていない。

ただ、真柴がわたしを好きでいてくれたことと、両想いになれたことがすごく嬉しくて。

なんだか足元がふわふわしてるみたいで。

まるで夢の中にいるような気持だった。

わたしと真柴が両想いだということは、その日一日であっというまにクラス中に広まった。

わたしと真柴はというと、ただお互いの気持を知っただけで、特に今までと変わらず。

両想いになったからと言って、どうすればいいのかお互いにわからず戸惑っていた。

だけど、翌日になって少し冷静になったら、急に嬉しさよりも恥ずかしい気持ちの方が大きくなった。

クラスのみんながわたしと真柴が両想いだって知っているから、もしかしたら他のクラスにも広まるかもしれない。

それってすごく恥ずかしいよ……。

そう思いながら一日を過ごして、翌日。

朝、自分の教室へ向かおうと階段を上っていた時だった。

「春名、おはよ~」

野村が声をかけてきて。

そして、「……あのさ、」とちょっと神妙な顔つきで言葉を続けた。

「広樹が、もうおまえのこと好きじゃないって」

「……え?」

突然の言葉に、一瞬意味が理解できなかった。

もう好きじゃない?
真柴が?
わたしのことを?

なんで?
どうして急にそんなことを言うの?

ただただショックで、どうしたらいいかわからなくて。

でも、本人じゃないから問い詰めることなんてできなくて。

思わず出てしまった言葉は……

「あっそ。わたしだってもう真柴のこと好きじゃないよ」だった。

「そっか」

野村はそう言って、わたしを追い越して教室に行ってしまった。

教室に入って席に着くと、真柴と野村が何かを話していた。

野村が自分の席に戻ると、真柴は気まずそうにわたしから視線を逸らした。

きっと、わたしが真柴を好きじゃないと言ったことを野村から聞いたんだ。

違うのに。本当はまだ好きなのに。

どうしてあんなこと言っちゃったんだろう……。

でも、後悔してももう遅い。

その日から、真柴とはどこかぎこちなくなってしまった。

話はするけど、今までとはなんとなく空気が違う。

そして、気まずさが残ったまま席替えをして、真柴とは隣の席じゃなくなってしまった。

たった3日間だけの両想い。

あの時素直になっていたら、今とは違う今があったのかな。


【# 2度目の片想い】


それから季節は巡り、わたしは中学3年生になって、ずっと同じクラスだった真柴とは別のクラスになった。

ホッとしたような、寂しいような……ちょっと複雑な気持ち。

だけど、これで真柴のこと好きな気持ちも忘れられるかなって思ってた。

なのに……。

ふとした時に、真柴の姿を探したり、目で追っている自分がいる。

真柴はもうわたしのこと好きじゃないんだから、好きでいたってしょうがないのに。

「……ちゃん。舞桜ちゃん!」

「え?」

突然大きな声で名前を呼ばれて慌てて顔を上げると、

「どうしたの? 具合悪い?」

芽衣ちゃんが心配そうにわたしの顔を覗きこんでいた。

「あ、ごめん大丈夫だよ」

「そう? ならいいけど。交換ノート、持って来たから渡そうと思って」

「あ、ありがと」

差し出された交換ノートを受け取ると、

「なんか悩みあるなら遠慮しないでここに書いてね」

芽衣ちゃんが優しい笑顔で言ってくれた。

悩みごと、か……。

恋愛相談なんて恥ずかしいけど、芽衣ちゃんの言葉に甘えてノートで相談してみようかな。

その日、家に帰るとわたしは自分の部屋で芽衣ちゃんとの交換ノートに今の気持ちを書いた。

『実は今、自分の気持ちがわからなくて。真柴のこと、もう好きじゃないって言ったけど、ホントはまだ気になってるんだ。でも、好きじゃないって言われたんだから諦めなくちゃいけないよね』

『そっか。でも、無理に諦めることないんじゃない? 自分の気持ちには素直でいいと思う』

自分の気持ちに素直に、か。

芽衣ちゃんが返してくれた言葉は、悩んでいたわたしの心を少し軽くしてくれた。

それから数日後の放課後。

帰り際にグラウンドを通ると、真柴が友達とサッカーをして遊んでいた。

体育の授業じゃないのに、みんな真剣になっている。

真柴も汗だくになって真剣な表情をしていて。

その姿を見た時――なぜか、胸の奥がギュッとしめつけられた。

悲しいような、泣きたいような、どこか懐かしいような。

なんて言葉にしたらいいのかわからない、何ともいえない不思議な感覚。

でも、なぜかその時わたしはこれが恋なんだと気づいた。

やっぱりわたしは―まだ真柴のことが好きなんだ。

この時から、わたしの2度目の片思いが始まった。


【#キミにさよなら。】


「卒業生退場」

司会の先生の言葉で、卒業生がクラスごとに席を立つ。

吹奏楽部が演奏する威風堂々と保護者や在校生の拍手を聴きながら体育館を出た。

無事に卒業式を終え、みんなどこかホッとしたような表情を浮かべている。

3月15日。

今日、ついに中学校生活3年間が終わった。

最後の学活では、先生からひとりひとりに手紙が渡された。

「卒業おめでとうございます」

最後の挨拶を終えた後も、渡り廊下や校門の近くで保護者や友達と写真を撮ったり別れを惜しむ卒業生たち。

今日はあいにくの曇り空で、今にも雨か雪が降りそうな天気だ。

(あ、真柴)

校門の近くの桜の木の下で、真柴が部活の後輩らしき男の子と話していた。

今日が最後だから、本当は想いを伝えるべきなのかもしれない。

都内の高校を受験したわたしは真柴とは別の学校に通う。

近くにある学校じゃないから、学校帰りに偶然会うこともないだろう。

だけど……。

真柴がわたしのことをまだ好きだとは思えないし、今さら告白してもきっと迷惑なだけだよね。

「舞桜? そろそろご飯食べに行くわよ」

お母さんに声をかけられて我に返ったわたしは、そのまま校門を出た。

「それにしても今日は寒いな。舞桜、日頃の行いが悪いんじゃないか?」

歩きながらお父さんがからかうように言う。

「そんなことないよ!」

反論しながら見上げた空は、低く垂れ込めた雲に覆われたまま。

「あ、雪」

そしてついには雪が降ってきた。

「やっぱり日頃の行いが悪いのよ」

お母さんまでそんなことを言い出した。

「本当なら桜が咲き始める頃なのにな」

お父さんが通りがかりにある桜の木を見てつぶやいた。

「桜吹雪じゃなくて本物の雪ね」

お母さんも少し残念そうだ。

手のひらを出すと、粉雪は手の中ですっと溶けて消えていく。

それはまるで言えないまま消えていったわたしの片想いみたいで。

(真柴のこと、ずっと好きだったよ)

心の中で、ずっと言えなかった想いをそっと唱えた。