【#クリぼっちショートケーキ】
クリスマス 予定がなくて 凹みます
今のわたしの心情を5・7・5で述べるなら、まさにこれだ。
現在中学3年生、花も恥じらうお年頃、青春ど真ん中!なはずなのに。
わたしにはクリスマスの予定がない。
え? 受験生なんだから勉強しろって?
実は、すでに第一志望の高校に推薦が決まってるんだよね。
だから、卒業まで遊び放題、恋し放題!
イケメン彼氏とキュンキュンライフ!
……な、はずだったんだけど。
未だにわたしには彼氏どころか好きな人さえ
いない。
子供も大きくなったからと両親はクリスマスの今日も仕事。
弟も彼女とラブラブデートだし。
家族も友達も一緒に過ごしてくれないなんて、悲しすぎる。
「中学生活最後のクリスマス・イブにクリぼっちとかありえな~い!」
思い切り叫んだ声が、誰もいないリビングに響いた。
完全におひとりさまなのはわたしだけ。
こうなったら開き直ってクリぼっちパーティーしてやる!と開き直ったわたしは、駅前にあるケーキ屋さんへケーキを買いに行くことにした。
それにしてもクリスマス・イブの夕方にぼっちで街中を歩くものじゃないな。
どこもかしこもカップルや家族連れで混んでいるし、ひとりが身に沁みる。
なんて早くも後悔しながら歩いて着いたのは、今年の春に新しくできたお店【dolce】(ドルチェ)。
地元では美味しいと評判のお店だ。
クリスマス・イブだけあって混んでいるかなと思ったら、意外とそうでもなかった。
「いらっしゃいませ」
店員さんに声をかけられた時、思わず視線が留まった。
そこには、わたしが直感でイケメンだと思う男の子が立っていたから。
最近人気急上昇中の王子様系アイドルのメンバーみたいに綺麗に整った顔。
今までこのお店で見かけたことのない人だから、アルバイトで入っている人かな。
「お決まりでしたらお伺いします」
優しい笑顔でそう声をかけられて、思わずドキッとする。
接客スマイルと分かっていても、イケメンの笑顔はやっぱりカッコイイ!
「あ、えっとショートケーキ1つ下さい」
「かしこまりました」
ホントはクリスマスらしくブッシュ・ド・ノエルが食べたいところだけど、残念ながら金欠だし、ひとりで食べるにはボリュームがあるかなと思って、大好きなショートケーキにした。
でもイブにケーキひとつだけしか買わないって、「クリぼっちです」って言ってるようなものかも。
なんてグルグル考えながら会計を済ませると、
「メリークリスマス、良いクリスマスを」
イケメン店員さんが爽やかな笑顔でそう言ってケーキの入った袋を渡してくれた。
「あ、ありがとうございます」
思わず笑顔でそう答えていた。
マニュアル通りじゃない心遣いに、さっきまでのひねくれた気持ちが一気に吹き飛んだ。
お店を出た後、家までの道はなんだか心がほっこりしていて、幸せそうなカップルを見ても微笑ましく思えて。
キラキラ輝くイルミネーションがとても綺麗に見えて。
聴こえてくるクリスマスソングを心の中で一緒に歌って。
世界が急にキラキラ明るくなったような感覚になる。
さっきの店員さんの笑顔と、「良いクリスマスを」の一言を思い出すだけで胸の奥が温かくなる。
また彼に会いたいと思ってる。
どうしよう。わたし、一目惚れしちゃったかもしれない。
【#夢見る片恋シフォンケーキ】
「 千葉 柚樹、都内の製菓学校に通うバレンタイン生まれの十七歳、将来の夢はパティシエになること」
「さすが葵、もうそんなに情報ゲットしたんだ」
「うん、ほぼ毎日お店に通って頑張ったよ」
「それってストーカーじゃない」
「違います~お客さんとして売り上げに貢献したんです~」
年が明けて、短い冬休みも残りわずかになった一月のある日。
今日はわたしの家で親友の莉子と女子会中。
「それにしてもホントにこのお店のチョコレートケーキ美味しい!」
莉子がそう言って美味しそうにケーキを食べている。
「でしょ? イケメン店員さんがいる上にケーキも美味しいなんて最高だよね」
「うん。でも、ついに葵にも好きな人ができたなんてわたしも嬉しい!応援してるよ」
「も~莉子ってば嬉しいこと言ってくれるね。でも、これってホントに恋なのかな……」
素直にそう言って応援してくれるとやっぱり嬉しいものだよね。
あれから何度かお店に行って千葉さんとお話ししたんだけど、彼はふんわりした物腰の柔らかい話し方で、ホントにケーキが似合う人だなって思ったんだ。
それに、パティシエになるっていうしっかりした将来の夢を持っていて、夢を叶えるために専門学校できちんと学んでいる。
「外見だけじゃなくて、性格的に惹かれてるなら一目惚れでもちゃんと恋じゃないかな」
そう言った莉子の言葉には妙に説得力があった。
「あ、葵の好きな人ってバレンタインが誕生日なんだよね?」
「うん」
「そしたら来月バレンタインと誕生日プレゼント兼ねてチョコあげて告白したら?」
「え?」
そっか、それもいいかも。
「莉子、ナイスアイディア!」
「せっかくだし、中学生活最後にふたりでチョコ作りしようよ!」
莉子の一言に「うん、そうしよう!」と賛成して、あっという間にふたりでチョコ作りが決まった。
【#告白はチョコレートケーキ】
バレンタイン当日。
わたしは、昨日作ったチョコレートケーキを持ってdolceに向かった。
莉子と一緒に作ったチョコレートケーキは、初めてにしては我ながら上出来だと思う。
まさか中学生活最後に、好きな人のためにお菓子を作ることになるとは思わなかったけど。
お母さんにも「明日は大雪が降るか大地震が来るんじゃないの!?」なんて本気で驚かれた。
全く失礼しちゃうよね。
お店に入ると、カウンターに千葉さんの姿はなかった。
もしかして今日は出勤してないのかな?
カウンターに立っている店員さんに声をかけようとして、一瞬ためらった。
綺麗な女の子とカウンター越しに話していたから。
綺麗な栗色の髪にゆるいウェーブがかかった女の子は、
「もしかしてあなた、桐山さん?」
ちょっと不機嫌そうな口調でわたしに声をかけてきた。
「あ……はい」
なんでわたしの名前を知っているんだろう?
「わたし、千葉くんのクラスメートでバイトの話も聞いてるんだけど、千葉くんは今日出勤じゃないの。芸能人の追っかけみたいに千葉くん目当てでお店に来るのはやめてくれない? お店の人にも他のお客さんにも迷惑だから」
「……え?」
突然の思いもよらない言葉に、わたしの頭は真っ白になった。
「千葉くん、最近自分目当てのお客さんが来て困るって言ってたから」
「そ、んな………」
だって、わたしがお店に行くといつも優しい笑顔で迎えてくれて気さくに話してくれて……。
「わかってると思うけど、千葉くんはあなたがお客さんだから優しくしてるだけだからね?」
「……っ」
そうなんだ。そんなこと最初からわかっていたはずなのに。
「……ごめんなさい」
溢れてくる涙を必死に我慢してそうつぶやくと、そのまま踵を返してお店を出た。
真冬の冷たい風が肌に刺さる。
わたしは何を勘違いしていたんだろう。
こんな風にバレンタインのチョコまで作って渡そうとするなんて……。
せっかく作ったチョコレートケーキは渡せないまま、家に戻った。
両親は仕事で、誰もいない静まり返った部屋。
ケーキ、どうしよう……。
頑張って自分で作ったものだからさすがに捨てる勇気はないし、だからと言って他に渡す人もいない。
お父さんにはすでに別のチョコレートを用意しているし。
……よし、こうなったらもう自分で食べてやる!
そう意気込んで食べ始めたけれど。
「……っ」
さっきお店で言われた言葉を思い出して、また涙が溢れてきた。
初めて好きな人のために作ったチョコレートケーキは、美味しいのに苦くて切ない味がした――。
【#想いが重なるミルフィーユ】
「え、チョコ渡せなかったの!?」
バレンタイン翌日の放課後。
学校最寄駅のカフェで昨日のことを莉子に話した。
「っていうかただのクラスメートなのにそんな酷いこと言うっておかしいよね? その人、千葉さんのこと好きなんじゃない?」
莉子が言ったその言葉は、昨日わたしも考えたことだ。
わざわざわたしを傷つけるような言い方をしていた感じがするし、もしそうならそれはきっとわたしに敵対心を持っているということ。
だとしたら、つまりあの女の子は千葉さんのことが好きなのかもしれない。
「でも、悔しいけどやっぱりあの人の言う通りだと思う。わたしはミーハー心理で押し掛ける迷惑な客でしかなかったんだよ」
「……葵」
莉子が、心配そうにわたしの顔を見て名前を呼んだ。
「あ~もうやめやめ! もうあのお店には行かない! 以上!」
これ以上心配をかけたくなくて、これ以上重い空気にしたくなくて、わたしはわざと明るい口調でそう言った。
それからわたしはdolceに行くことなく、気がつけば3月になり卒業式を迎えた。
進路が決まり、振り返ればあっという間だった三年間を終えた今日。
卒業後も会えるのはわかっているけれど、名残惜しくて莉子と話しながら校門までの道を歩いていた時。
「すごいイケメンがいるんだけど!」
「誰かの彼氏かな? いいな~」
なんて前を歩く女の子たちが話しているのが聞こえた。
イケメンの言葉に即反応したわたしは、校門を出るなりイケメンらしき人物を探す。
すると、そこにいたのは……
「千葉さん……?」
信じられないことに、千葉さんだった。
「桐山さん、だよね?」
わたしの存在に気づいた彼が、少し不安そうにわたしに尋ねた。
「……はい」
混乱しつつも頷くと、千葉さんは遠慮がちに「ちょっと話したいことがあるんだけど……」と言って、莉子に視線を向けた。
「あ、わたしは先に帰るからごゆっくりどうぞ」
莉子が気を利かせてそう言ってくれてわたしが「ごめん」と謝ると、「あとで連絡してね」とわたしにだけ聞こえるくらいの小さな声でそう言って肩を叩いてくれた。
「場所、変えようか」
千葉さんがそう言って、わたしたちは駅前のカフェに移動した。
いつもは莉子とガールズトークで盛り上がっていた場所だ。
「バレンタインの時は、ごめんね。まさか僕が休みの間に桜庭さんがきみと会うなんて思っていなかったから」
「……桜庭さん?」
聞き覚えのない名前に首を傾げると、「僕と同じ専門学校に通っている子で、クラスメートなんだけど」と説明してくれて思い出した。
バレンタインの日、わたしにキツイことを言ってきたあの女の子だ。
「きみに色々酷いこと言ったみたいだけど、僕は全然迷惑だなんて思ってなかったよ」
「え?」
「今さらこんなことを言っても信じてくれないかもしれないけど……一目惚れ、だと思う」
「一目惚れ?」
「うん。桐山さんのこと、初めて会った時から可愛い子だなって思って……だからクリスマスの後もお店に来てくれてすごく嬉しかった」
「……うそ……」
ちょっと待って……そんなこと急に言われても信じられないよ。
「これ、良かったらお詫びと卒業祝いに受け取ってほしいんだ」
戸惑うわたしの前に、千葉さんが小さな白い箱を差し出した。
「開けていいんですか?」
「もちろん」
千葉さんに笑顔で頷かれて中を開けると、中に入っていたのはいちごのミルフフィーユだった。
「うわ~美味しそう!」
思わず声を上げると、
「それ、僕が作ったんだ」
千葉さんが恥ずかしそうに微笑んだ。
「千葉さんが?」
「うん。四月からdolceで販売も決まってる」
「え、すごいじゃないですか!」
「ありがとう。桐山さんは、ミルフィーユってどういう意味か知ってる?」
「……え? 知らないです」
なんでいきなりそんなことを聞くんだろう。
「ミルフィーユって、フランス語で千の葉っていう意味なんだ。何層も重ねたパイ生地を何枚も重なった葉っぱに例えてるんだよ。ちなみに僕の名前とも同じ」
「へぇ~そうだったんですね」
さすが専門学校に行っているだけあって、詳しいんだな。
「僕たちはまだ出会ったばかりで、お互いのこと何も知らないけど……。僕はこれから少しずつこうして桐谷さんと話す時間を重ねていけたら嬉しいなって思ってる」
「……え?」
思わず顔を上げると、目の前の千葉さんは真剣な表情をしていた。
「だから、友達から、はじめてもらえないかな?」
まっすぐにわたしを見て、ゆっくりと紡がれた言葉。
それは、さっきの一目惚れという言葉がウソじゃないことを証明してくれているようで。
「よろしくお願いします」
わたしは笑顔でそう答えていた。
千葉さんが作ってくれたいちごのミルフィーユは、甘酸っぱくて、ふんわり優しい味がして、それはまるで始まったばかりのわたしたちみたいだと思った。