大変です。先程路上で殺人を目撃しました。しかし犯人は一瞬で、煙のように消えてしまったんです。本当です。嘘ではありませんし、夢でもありません。詳細を伺うと仰有るのですね。分かりました、刑事さん。実は私、今日会社を首になって、失職したんです。それで、呆然と今夜、知らない街を彷徨い歩きました。そしてあの路地に入りました。私の前方30メートル程に、人がいました。黒い服を着た男の人です。そして、私の後方から、別の男が私を追い越して行きました。それからその男が、前方の人を突然ナイフで刺したんです。私は驚愕しました。と、次の瞬間、犯人はふっと消失してしまったんです。嘘ではありませんし、夢でもありません、何度も申し上げますが。刑事さん、一体どうしたんでしょうか。あの路地は高い塀が左右にあって、逃げ場は何処にもないのです。嗚呼、殺人のあったことは確認出来ましたか。良かった、私は嘘つきではない。で、一体どう考えれば良いのでしょうか。刑事さん。

 恐らくそれはこういうことではなかったでしょうか。人間が一瞬で消失してしまうことはあり得ませんからね。実は調べてみますと、被害者には双子の弟が居て、そちらも行方不明なのです。ですから、恐らく現段階では推論ですが、あの路地で、貴方の後方30メートル程で、犯人は被害者の双子の弟を刺した。貴方は後方の事件は気づかなかった。で、犯人は貴方を追い越して、貴方の前方の被害者を刺した。そして、一瞬、貴方はショックの余り、躰が反転したのではありませんか。そして後方の弟の死体を見た。その傍らには当然犯人は居ません。犯人は貴方の後方30メートル程に居る。二人の被害者が双子だったことと、偶然同じような黒服姿だったから、貴方は自分が反転したことに気づかなかった。更には貴方はあの街は初めて訪れた場所で、前後逆になったことも気づかなかった訳でしょう。犯人は貴方が、犯人が消えたと驚いている間に、後方で被害者を抱えて逃げた。失礼しました。其方が弟の方です。目下警察は全力を挙げて、犯人を追っています。