「花白。実はさ俺ずっと前から花白のこと……好きだったんだ……」
 隣クラスの野球部エースで誰にでも優しい夕霧くん。
 野球着姿で脱いだ帽子を恥ずかしそうに口元に当ててこちらをチラッと、見る姿はきっと女の子の憧れる男の子そのもの。
 だけど人生とは上手くいかないものだ。
 考える前に答えなんて、私自身でなく、お父様が決めているのだから。
「ありがとう、嬉しい。でも気持ちには答えられない、ごめんね」
「いいよ、告白はただの自己満足。ただ、俺は後悔のないように花白にこの溢れ出そうな想いを伝えたかったんだ」
 夕霧くんの心温まる言葉に胸がじんわりと傷を覆うように塞がった瞬間だった問題のあの人がきたのは。
 背にあった、後ろの校舎の窓が空いた音がし振り返ると許嫁の男。お父様からの許嫁である金城がいた。
振り向くとニヤリ、と口角を上げ、ギラギラとした視線を向けてくる。
「ただの自己満だってさ、クッソ笑える。お前みたいな爽やか野郎には寧の相手にされるとでも思ってんのかよ?なあ?寧」
「……夕霧くん、ごめんね……早く帰って」
「花白さん、金城くんのこと、好きじゃないんだよね?  俺……花白さんを助けたいっ。アイツなんかと花白さんは釣り合わない」
「よーく聞いてれば、いい度胸だな、夕霧。釣り合うも釣り合わないも家紋で全て生まれた時から決まるもんなんだよ、さっさと分かれつーの! やれ」
 金城くんの最後の言葉を一言に横にいた男の連れが夕霧くんを殴り、蹴り彼の悲鳴が校舎裏で響く。
 止めようとすると、金城くんに嫌なのに抱きしめられて身動きが取れないようにされてしまう。
「ねえ、やめさせて!! こんなの誰ものぞんでないよ! 私は裏切ってないでしょ? ねぇ、貴方とお父様の言うとうりに今までちゃんと生きてきたのに」
「お前の態度だろ? なんであんな奴助けようとして、俺を悪者にするんだよ、許嫁のお前が、言われずともご機嫌ぐらい取るのが女の勤めだろ?」
 鈍い暴力の音に耐えきれず、血反吐を吐く場で彼の頬に初めてキスを落とした。
「おい、そろそろ辞めとけよ」
 金城くんがそういうと男達は止まったが、一瞬で夕霧くんはボロボロになった姿で横たわっていた。
 唖然とする私に、彼を探していた彼の野球部のメンバーとマネージャーが集まり応急処置と救急車をその日は呼んだ。
 休み明けの朝だった。
「金城、次の試合があるから気持ち切り替えたいって、言ってたのに。アンタに告白したせいで試合も出たくても骨折して出れないのよ! 最後のチャンスだったのよ、スカウトマンも来ていて3年間頑張ってきたのにベンチ終わりなんてッ! 今後一切関わらないで!」
 怒り狂う彼女になんの口答えも出来なかった。
 本当にその通りだったから、一言一句。
 私のせいで金城くん試合に出られなかったんだ……。
 怪我もさせて、酷い思いもさせて、未来を奪った。
 謝って許させるような甘い問題じゃなくて、この場所から逃げたくて、その日初めて学校をサボった。
 制服姿で昼間から歩いているせいで、チラチラと良くないものを見るような視線が痛くて、でもそれ以上に金城くんのことを思い出すと胸が引き裂かれそうに痛む。
 金城くんは私に何も言わなかった、言えなかったんだッ。
 私のせいであんな事になったのに……。
 自分への怒りで、急な目眩が起き、道端で倒れそうになる。
 だけど、道端で倒れるなんてことは出来ず、暗い路地裏の方へ少しだけ、と思い座り込んで正常に戻るのを待つ。
 その時だった、路地裏に元々居たのにもっと大きな影に覆われ、目の前に大柄なギラギラしたスーツを着こなした男達が現れたのは。
「夕陽丘学園のお嬢様じゃん、ヤバっ、ってか君後ろ姿も相当だったけど、可愛すぎだろ、こりゃ」
「ね、悪いようにしないからさ。ちょっとお兄さん達と遊ぼーよ? ね、いこ」
「あの、やめてください……」
 目眩がしたまま急に置きあげられて目の前の視界が揺れ動いた瞬間だった、嫌な感じが離れて、心地良さを覚えたのは。
「うちの妹に何かご用でも?」
「なんだよっ! 家族連れとかありえねぇつうーの!」
「あっ兄貴っ! 置いて行かないでくださいよ!!」
「大丈夫? 少し落ち着いた方が良さそうだね」
 優しげな、見知らぬ彼の心温まる言葉に胸が熱くなった。
 目の前にしゃがみこんでくれている彼は、黙ったまま、ただ 私の背中を撫でた。
 それが心地よくて、優しくて辛くてボロボロと涙がこぼれ落ちた。
 大学生ぐらいだとこの時は思っていた。
「辛かったし、怖かったよね」
 優しすぎる言葉ってこんなにも胸打たれるものだと感じるのは久しぶりでまた涙が洪水のように溢れ出す。
 涙が乾いた頃にうるだ瞳ではなく、彼の姿がハッキリ見えた。
 チョコレートを人間化した、アーモンドを埋め込んだような瞳に褐色肌の大柄な彼。
 とても綺麗な人だった。
「実はちょっとした骨董品のコレクターでね、色々集めているんだけど見ていかない?」
「いいんですか?」
「よろしければだけどね?」
 嬉しそうな彼について行くと、ひっそりとした古い鈴の音がなるお店の鐘が迎えを喜んでいるように音を鳴らし、扉を開けて振り返った彼が星が降ったようにキラキラに見えた。
 新しい世界に飛びこむ瞬間を味わった。
「古びた本から新しい本まで天井まで凄い」
「コレクターだからね、いちばん大変なのは置く場所を作ることなんだよ」
 彼は苦しそうに笑うものだから、つられて一緒に笑ってしまう。
 その時、可愛らしいクマさんの宝石が3つ両目に埋め込まれた、さわり心地の良さげの人形に目を奪わ、じーっ、と見つめた。
「それが気に入ったのかな、お姫様」
 お姫様呼びは照れくさかったけれど、彼が優しく微笑むものだから、悪い気は全くしなかったから素直に笑顔をむけた。
「はい、可愛らしくて」
「実は僕が作ったんだよ、これも何かの縁だね、良かったらプレゼントしてあげたいな」
「いえ、プレゼントなんて私助けられ身なのに」
「数あるコレクションの中で君か気に入ってくれた1つが店主 自作のクマのお人形さんなのはもらって貰わないとね。きっとこの子も貰われたがってるよ」
「あ、ありがとうございます」
 抱き抱えられるくらいのふんわりしたクマのお人形さん。
 特別な空間で特別な出会いで特別な人に贈られた初めてのプレゼントに胸が踊る。
「人形にはその人本来の気持ちが宿るから、優しくしてあげたぶんお嬢さんの力になってくれるよ」
「はいッ!」
 意気揚々として、生き返ったみたいに明るくなった。
でもそれは一瞬だった。
 お父様が認めた以外のモノを使用することは全て禁じられている。
隠して持って帰ったつもりでも次の日には消えていた。
「櫻井、クマはどうしたの?」
 メイドの彼女に聞くと苦しそうな声で言い放った。
「お嬢様の価値にに合わぬものを所持することは許されないことなのです、お願いですから寧お嬢様、旦那様の命令から逆らおうとなさらないで下さい」
彼女達にも仕事があると思うと、何も言えなくて苦しくなる。
「人形は捨てたのね」
「はい、お嬢様に似合わないのに処分致しました」
 分かっていても、名前も知らぬ彼がプレゼントしてくれた大切なものを大切にできずにいる自分を殺したくなる。
 ゴミ処理の日が来るあさっての朝には無くなってしまう。
「ねえ、寧ちゃん、今ね、花園学園と創作物コレクション大会やってるみたいだよ!! 花園学園イケメンだらけだって!」
「でもクマのぬいぐるみが……明日には」
 私の頭の中ではバレないようにする為のクマの救出方で頭がいっぱいだった。
「ん? 寧ちゃん? クマのぬいぐるみが創作物コレクション 大会にあるのまだ言ってないのにどうして知ってるの?」
「え?」
「まぁ、行こーよ!」
 クラスメイトの朱里ちゃんに勢いよく引き攣られるあっという間に大勢の観衆がいる体育感の中。
 でも異様な空気が流れている。
「男なのにクマってよ、バカラシー」
「イケメンでもクマはないかな〜っていうか花園学園って全日制じゃないらしーよ」
「ただの不良学校の集まりってこと? 怖いよ」
 わざと聞こえるように言って観衆、特に金城の子分達が耳が痛くなるような暴言を吐いているのに審判はなにも言わない。
 骨董屋の店主と名乗った彼は観衆に耳を一切向けず黙々と作業を進めていた時だった。
 パチーン、と彼に近づいた40代ぐらいの男性が彼の頬を叩いた。
「春には高校一年生になるのにクマの創作物とはお前は父親を舐めているのか? 骨董品を日頃から扱わせて勉強になっていると思ったが、要らぬゴミのような遊びをしていたとはな。審判こいつは退場だ」
 針先と縫い掛けのぬいぐるみを机に置いて殴られた彼は俯いた。
 諦めて欲しくない、俯いて欲しくない、と思って気づいた時には大声で叫んでいた。
「諦めるなあー!!!!!!私は貴方の作品の一番のファンなんだから、死ぬほど応援してるから、絶対に諦めることだけはしないで!!!!」
 恥ずかしげもなく、周りに目もくれず心から叫んだ。 自分の彼が彼の父親から暴言を吐かれ、頬を叩かれた時、息子になんてことをし、生きた方を命令するなんて、と……。
 でも、全て自分が今まで諦めていたことだった。
 お父様の命令から背くのが怖くてずっと従い続けていた。
 私は人形じゃないとようやく気づいた。
 叫んだ後に笑顔を向けると、彼は口角を上げまた自分の席に戻り捜索を続けた。
 横にいるあの日以来初めて顔を合した夕霧くんも大声で叫んで周りのように馬鹿にせず、彼に向かって「絶対に諦めるなあ!!!!」と叫んで私に笑顔を向け、私も微笑み返した。
 それからもずっと黙々と作業をする創作物コンテスト参加者にみなそれぞれ声援を送り、終始私と夕霧くんが金城くんじゃない彼を応援するものだからぶちギレかけていた。
 だけど自分の間違いに気づけたのだから、勝敗の結果は、二の次で関係なかった。
 優勝したのは審査員の買収で私の許嫁と言われている、金城くん方だろうが、そんなことどうでもよかった。
 だって人生の間違いに気づかせてくれたのだから。
 だけど、予想を超えて、買収した審査員も創作物コンテストが盛大に盛り上がった為、人目があったものだから、出来のいい彼の作った王冠を被ったクマのぬいぐるみを優勝させざるを得ない状況まで追い詰められ、金城くんが敗れ彼が堂々と優勝を果たした。
「かっ……可愛い……」
 優勝した王冠のクマのぬいぐるみを手に笑顔が溢れてしまう。
「同じ中学生だったんだね、気づかなかったよ……名前、ちゃんと聞いてなくて困ったんだよ?」
「それでも、応援届いたよ。僕はね、東堂日向、あったかい名前でしょ? ねぇ君の名前は?」
「私はね、花白……」
「寧ちゃん、最初から知ってたよ、僕のたった一人のお姫様。これから『重いぐらい愛してあげる』」
  最後の私にだけ聴こえるように伝えた甘くて重い一言に胸がどくどくと暑くなる。
 男の人に名前を呼ばれただけ。
 ただ、その相手が彼だってことだけで自分の名前が特別な言葉になって胸が高鳴った。
 なのに、甘すぎる言葉に今後の自分が心配になるほど彼の瞳は私色に染まっていた。
 ねぇ、もっと日向くん、あなたのことが知りたいよ。