『タイムトラベル』

 鏡に向かってネクタイを結びながら、彼は久しぶりの再会を夢見ていた。
 恋愛も、不条理も、人の選別も、ある程度のことは学んだから、大人になった彼は時空を超えることが可能になった。
 どうすれば、不条理やストレスを回避できるかを、どうすれば相手が自分に惹かれるかを知っているから、いまなら、もし、あのとき、体育館裏で失恋したあの子に振り向いてもらうことさえできるはずだ!
 彼女好みの容姿になって、この言葉が彼女を魅了し、そうすれば彼女は僕に振り向いてくれる、……ああ、知ることとは、なんて悲しいのだろう!
 意気揚々と彼女の横へ座り、実践を試みたが、ひとつとして彼女は、彼の罠にはかからなかった。
 彼は見落としていた。時空を超えてきたのは彼女も同じだということを。……
 ネオンがまばゆい帰りしなに、最初から、彼女とは結ばれない運命を彼は悟った。