『再会』

「あなた、どこかで会ったような気がするわね」
 二十七歳の淳一が、越してきたマンションの隣の部屋に挨拶をしたとき、紫に染めた髪が鮮やかな老婦人は、そう言った。
 それからというもの、頻繁に淳一の部屋のインターフォンが鳴った。
「遅くにごめんなさいね、夕飯は食べてしまったかしら? もしよかったらこれどうぞ。ひとりにはちょっと多すぎてね、つい昔のくせで作り過ぎてしまうわ。お口に合うかどうかわかりませんけども、あなたはわたしの孫みたいなものだから、老婆心だと思って食べてちょうだい」
 明るく、ふくよかな老婆の手料理は、独身の淳一にはありがたかった。どれも美味かった。
 ある日を境にインターフォンは鳴らなくなった。エントランスの掃除をしていた管理人に訊けば、老婆は二週間前に亡くなったとのことだった。元気だと思っていたから、なおさら驚いた。
 日増しに、淳一にとって、老婆は存在していたときよりも、存在が色濃くなった。そういえば、はじめて会ったとき言われたように、たしかに、僕らは一度どこかで会っている気がする。……思えば、持ってきたものも僕の好きなものばかりだった。たまたまか、お礼のひとつでも言っておくべきだった。
 そして、淳一は夢を見た。結った髪の艶が若々しく、音を立てずに味噌汁を啜る目の前の美しい女の顔に、どこか面影を残している。僕らは恋人同士らしく、見つめ合った女の目で、貧しいながらも幸せだということがわかった。戸を叩く音が聴こえたので、扉を開けると、扉の前には、また別の女が立っていた。胸騒ぎがして振り返ると、さっきまで幸せだった女は涙ぐんで、そのまま部屋を飛び出して行ったとき、淳一は目が覚めた。
 身を起こした淳一は、まさか、と首を横に振った。