戦争が終わり平和な時代になったからこそ、軍隊をちらつかせ政治に口出ししようという勢力は邪魔なもの。
王族すら自分たちの意のままに操ろうと試みる文官中心の貴族連中から見れば、厄介のタネは早いうちに摘んでおきたい。

「ごきげんよう。モニカさま。今度はこちらからピクニックにお誘いしますわ」
「それは楽しみですこと。ぜひよろしくお願いします」

 そう言った私に、彼女は目を細め勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
私は誰にも気取られぬよう、訓練された仕草でため息をつく。
彼女とその取り巻きたちを相手にするのは、得意分野ではあるが好きではない。
ようやく落ち着いたところで、一組の老夫婦が声をかけてきた。

「ごきげんよう、アドリアナ。今日は一段と綺麗ね」
「あら、ありがとうございます。トニー伯爵、マリア夫人」

 私に次々と声をかけて来るのは、年老いた年配の老夫婦がほとんどだった。
中には実の孫のようにかわいがってくれている方もいる。
私はそんな方々になら、心からにっこりと微笑み、敬意をもって振る舞うことが出来る。
彼らは全て、祖父の代から縁の続く方々だ。

 私の祖父は、我がルネマイア帝国が大陸一の大国となった戦争で戦った英雄であり、その後外交官を務めた重鎮だ。
その流れを受け継いだ父は、祖父の集めた傭兵たちをまとめ上げ国境に配置し、その警護を任されている。
いわゆる「将軍」と呼ばれる立場だ。
平和になったいま、父が実際に戦闘で戦ったことはないらしいが、今も屋敷には士官を申し出る者が絶えない。
領地には大きな兵舎が建設され、そこでは常に訓練や武術大会が行われていた。

 貴族として生まれたからには、地位や家柄によって自分の価値を判断されるのが当たり前。
それがその家に生まれたものの宿命であり、当然のこと。
貴族であればどんな無能でもバカでも、いい暮らしが出来る。
人の上に立てる。
その家柄と血統を覆しのし上がれるのは、個人の努力や才能なんかじゃない。
人脈と交友関係のみだ。
だからモニカの周りには、力を持たない下級貴族たちが群がる。
彼らが群がるのは、モニカ自身の能力や人柄に魅力を感じているのではなく、内務大臣として権勢を誇る人物を父に持っている、伝統ある伯爵家令嬢であればこそだ。
人気があるのは当たり前。
私は唯一、同世代で彼女の境遇に負けない家柄に生まれた。
だからこそ王太子妃という座を手に入れなければならない。
私自身の価値とモルドヴァン家の評価を守るために。

 不意に会場の一部がざわつき始めた。
私はもう一度背筋を伸ばし気を引き締める。
皆が注目する視線の先に、本日の主役である王子マリウスが現れた。
彼は真っ白な衣装に身を固め、王太子である第一王子にのみ許された勲章を胸に付けている。
いつもなら王室の公式行事や、重要な外交での式典でしかすることのない格好だ。
今日は普通に誕生日パーティーだと聞いていたのに、なぜ王子が正装を……。

 王子の思わぬ正装に会場が動揺するなか、モニカが私を振り返った。
彼女はいつも以上に大きくニンマリと微笑んで軽く膝を折り私に会釈をすると、王子の元へ進み出る。
今夜この会場に集められた大勢の貴族たちの前で、正装をした王子がモニカに手を差し出した。

「今夜、私と踊っていただけますか?」

 王子の言葉に、モニカはいじらしく驚き、恥じらってみせる。
大げさな仕草がワザとらしい。
真っ先にこうされると知りながら、演技しているのがバレバレだ。

「まぁ、よろしいのですか? マリウス王子。私なんかが一番に王子のお相手で」
「もちろんです。今夜はぜひあなたと踊りたいと、心に決めておりました」

 これは事実上の婚約発表だ。
王子は誕生パーティーで運命の女性と出会い、恋に落ちる。
その数ヶ月後に、彼女の元を訪れプロポーズをするのが「習わし」だ。

「まぁ。とっても光栄ですわ。王子さま」

 差し出された王子の手を取り、彼女たちはダンスを始める合図のポーズをとる。
モニカの勝ち誇った顔が、私に向かってもう一度にっこりと微笑んだ。
指揮棒が振られ、この二人のためだけの音楽が奏でられる。
モニカの勝利の舞いが始まった。

 どういうこと? 
まさか今夜その発表がされるなんて、そんな情報入ってない。
腹の底が煮えくりかえるほど怒りと憎しみにあふれているのに、それを表には一切出さない。
清楚に微笑み、「今日の王子はなんて素敵なのでしょう」と思ってもないことを言ってみせる。
どうして? 
先に知っていれば、ここへ来る時から対策を練ってそれに合わせた対応が出来たのに!