年が明けてしばらく、二月の気温だという予報のとおり寒い朝、下駄箱で後ろから「さむいさむい!」と悲鳴のような挨拶が聞こえた。校舎内に飛び込むようにやってきた昴夜は、マフラーに顔を埋めながら靴を脱ぐ。屈んだ瞬間、その頭に白い結晶が乗っているのが見えた。


「おはよー英凜」

「おはよう。雪、降りだした?」

「ちらほらっと。あ!」


 茶色い目が私の頭を見てカッと見開かれる。


「また挿してる!」

「……ああ、簪?」


 髪を切ってもろくに気付かない昴夜にしては目敏い指摘だけれど、さすがに学校に簪をしてくるとそう言われる。ちなみに、みんなにも一体何事かと言われたし、古典の先生には「平安貴族か!」なんてツッコミまで受けた。校則と無縁になって十年近く経っていたせいで、制服を着ていさえいれば何をしてもいいと勘違いしている自分がいた。


「結構便利なの、寝癖直さないでも束ねられるし、ハーフアップにも使えるし」

「ハイハイ。気に入ってるんだね」


 一言でいうとそういうことになる。少し照れくさいのを誤魔化すために簪に触れていると、昴夜は「やっぱキザでムカつく」と口を尖らせた。


「しかもなんかずっと使えそうじゃない?」

「……そうかもしれない」


 落ち着いたデザインのそれは、三十歳になっても適当に使えるだろう。侑生はそれも見越していたのかもしれない。


「それで、最近侑生とどうなの?」

「どうってなに?」

「相変わらず仲良しなのかなって」

「仲良しだけど、なんで?」

「んー、なんとなく。なんとなく、二人の空気が変わった気がしたから」

「……そうかな」

「分かんないけど、俺の勘違いかな」


 本当に、昴夜は意外と鋭いところがある。気付かれないよう、私はマフラーに顔を埋めた。