「乾かすから、ここ座って」

「え、侑生が?」

「俺が」

「私の髪だよね?」

「俺の髪は乾いてる」

「そうなんだけど、そうじゃなくて」


 恥ずかしいんですけど。そう口に出す前に「一回やってみたいから」と畳みかけられ、おそるおそるベッドに座り込んだ。部屋に呼ばれたことといい、侑生が妙に強引というか、積極的だ。

 後ろに侑生が座り、ギィという音と共にスプリングが沈む。緊張のような羞恥のような感覚が、胸の内から湧いてくる。


「……簪、つけてんだ」

「え、あ、うん。濡れた髪で練習するといいって説明書に書いてあったし」

「……これ普通に抜いていいの?」

「うん」


 髪を束ねていた棒が抜けて、濡れて重たい髪が落ちる。後ろから出てきた手に簪を渡され、それを握りしめる。そのまま、侑生はドライヤーのスイッチを入れた。

 ブオーと、うるさい風の音がする。私の髪を梳く侑生の手は、どこかぎこちなくて遠慮がちだ。しかも、途中で「やりにくい」と姿勢を変えられ、侑生の膝の中に座るような形になってしまった。

 気恥ずかしいからなにか喋って誤魔化したい、でも喋っても聞こえないとなると黙るしかない。ドライヤーの轟音が響く中で、そんな微妙な沈黙が流れていた。


「女子って大変なんだな」


 十分ほど経ってから、侑生はドライヤーのスイッチを切った。その手で毛先に触れながら「まだ湿ってる」とぼやく、それだけで背筋がじんわりと熱を帯びた。


「……これだけ乾けばいいよ。ありがと」

「簪、挿してみていい?」


 ……本当に、今日の侑生はどうしたのだろう。さっきとはまた違う緊張を感じながら「いいけど、挿し方分かる?」「店で見てたろ」と簪を渡す。

 スルリスルリと、指先は変わらず遠慮がちに髪を梳く。自分でも頬が赤くなっているのが分かった。年甲斐もないというほど年を取っているつもりはないけれど、そっか、高校生のときって、こんなことにドキドキしてたな、そんなことを考える。


「痛かったら言って」

「ん、大丈夫」


 絶妙な力加減で髪が束ねられていく。私なんかよりよっぽど器用だ。

 そういえば、将来の侑生は何の専門医になるのだろう。医学部に受かったことまでは知っているし、ご両親の職業とは別に医者になろうとしていたから、医者になっていないはずはない。指先が器用だから外科医がいいんじゃないかな、なんていうのは素人の所感なのだろうか。