ガラケーを確認する。待ち受け画面に表示されている日付は「八月二十五日」……日付は、正しい。

 でも――うろ覚えの操作に従ってカレンダーを開いて表示されたのは「平成十九年」。


「英凜、どうした?」


 呆然として、その場から動けなかった。

 令和三年の十四年前――高校二年生だ。


「……夢?」


 それにしては妙にリアルだ。息を吸えば、地下鉄の改札前特有の、閉塞的で冷たい空気が鼻孔を通る。ただの背景の人々は、服の模様まではっきりこの目に映り、耳を澄ませば会話まで聞こえる。私の髪だって――触れて、セミロングではないことに気が付く――伸ばしっぱなしの黒髪のポニーテールだ。その重みも、つるんとした質感も、はっきりと感じられる。

 最初の違和感にも気が付いた――ファッションが十年前なのだ。高校生くらいの子達は、女の子はこぞってミニスカートとニーハイを履き、男の子はベルトが見えるほど丈の短いティシャツにスキニーを履いている。電話をしながら歩く人の耳にあるのはガラケーで、歩きスマホをしている人は一人もいない。


「なんの夢?」


 目の前の侑生だって、そう。その手にあるのは、無愛想なガラケーだ。そして高校二年生の侑生はまだ銀髪で――頬には既に傷痕があった。


「……夢……、じゃ、ないのかな。和暦は整合してるし、変に現実味があるけど……なんで急に髪も伸びて……侑生と……?」

「誘ったの英凜だろ、夏休みも終わるから一緒に映画でも借りてみようって」


 行こう、とでもいうように手を引かれる。でも手を繋いでいるわけじゃない。手首を掴まれていた。その手のひらの温かさも、夢とは思えないほどはっきりと、それでいてじんわりとしみ込んでくる。

 雑踏の中をゆっくり歩く、侑生の後ろ姿を見つめる。ただの紺色のティシャツに七分丈の緩いズボンを履いただけのラフな格好には、確かに見覚えがある。侑生の肌は女子顔負けの綺麗さで、ろくにすね毛もないのだ。侑生の家に遊びに行ったとき、そんな話をしたことがあった。

 懐かしいな。地下通路と繋がった古いビルのテナントはレンタルDVDショップで、そんなところまでリアルだった。


「……そっか、そういえばここでよくDVD借りてたね」

「そういえばってなんだよ、たまに来るだろ」

「だってレンタルDVDショップなんて、もうほとんどないから」


 今なら映画といえばサブスクに決まっている。目で探さなければならないほどDVDケースが陳列された棚を眺めていると、夢の中の侑生は変な顔をした。


「どういうこと」

「もうDVDレンタル業なんて(すた)れちゃったじゃん。多分、いまはもうここもないんだろうなって」

「未来予知かよ」

「未来既知だよ」

「なに、真夏のタイムトラベルでもしてきたの?」

「……そうなのかな?」


 そんなまさか、有り得ない。でも、いまの私は十六歳だし、高校生のときお気に入りだったティシャツとショートパンツを着ている。……きっと夢なのだろう。


「未来はどうだった、なんか変わってた?」

「……一色市(ここ)はなにも、まだ散策中だけど。ていうか私、卒業したら離れてそのまま帰ってこないんだよね」

「なに、俺とは別れてた?」


 振り向いた笑みに浮かんでいるのが、冗談なのか寂寥(せきりょう)なのか、私には分からなかった。