あまりにも予想外の質問に、何の反応もできなかった。

 たっぷり一拍、硬直していたと思う。薄暗い空間で、侑生がほんのりと苦笑を浮かべたのを見て我に返った。


「その反応ってことは、三十歳のほうなんだな」

「え、いや、なん……」

「夏休みに会ったとき。酷過ぎる白昼夢見たつったって、リアルに語り過ぎだろ」


 困惑する私から、侑生は目を離さなかった。私のほうが目を背けたくなるほど、じっと私を見つめている。


「……真夏のタイムスリップなんて冗談だったし、つか家に行ったときに話したとおり、どっかおかしいんじゃないかって、わりと本気で思った。でも、新庄が死んで、その犯人が昴夜だって話題になって、でも英凜は弁護士になったからその裏話まで知っててってのは……妙に具体的だし、頭やられた妄想にしては現実味があって、話の筋も前後関係もしっかりしすぎてた。……それに」


 らしくないほど饒舌に説明して、侑生は手を伸ばす。手を握られ、私は一瞬、目を逸らしてしまう。


「さすがに変わりすぎだよ、英凜。夏休みが終わる頃から、俺に向ける目が、今までと全然違う」

「……違う、って。一体、どんなふうに」

「……近いんだよ」


 “英凜が近い”、タイムリープ直後にも、そう言われたことがあった。


「英凜はもっと他人行儀だったって、言ったろ。それなのに、最近の英凜は全然そうじゃない。昴夜の前でキスすれば怒るし――」


 私が怒るか見たかったというのは、そういうこと。


「……たまに、申し訳なさそうな目で俺を見る」


 自覚はなくはなかった。どうせホワイトデーに別れると決まっているのに、こんなことを侑生にさせていいのだろうか、といつも思っていたから。

 言葉を失っている私の前で、侑生もしばらく黙っていた。後夜祭を楽しむ声も聞こえない静かな教室で、ただじっと、沈黙が落ちている。それでも、侑生が私から目を逸らさないから、私も逸らすことができなかった。逸らしたくて堪らないくらい、自分の感情が後ろめたくて仕方がなかった。


「……なんで」先に口を開いたのは侑生で「俺と、別れないの」

「……なんでって」

「いまの英凜は、昴夜を好きって自覚してて、しかもこのままじゃ昴夜を失うって分かってるんだろ」


 タイムリープの制約があるらしい、とは答えられなかった。答えることはできたけれど、侑生に、そんなことを言いたくなかった。そんなことを答えるのは、“制約があるから付き合っている”というようなものだ。


「それに、昴夜が英凜を好きなのだって、分かってるだろ?」