文化祭の日、二年六組は英国風の喫茶店をすることになっていた。

 私は陽菜と共に更衣室でメイド服に着替えた。膝丈の黒いワンピースで腰から下には白いエプロン、裾にはレース、肩はクラシカルに膨らみ、胸元にリボンを結んだそれは、三十歳が着ると痛々しいどころの騒ぎではない。何度も鏡を見て、自分の顔が十六歳であることを確認した。

 陽菜にその姿を茶化されながら教室へ向かう途中、昴夜と侑生の後ろ姿を見つけた。


「アイツら足なげーな、おーい」


 振り向いた二人の髪は、ダークブラウンにカラーリングされていた。さらに、昴夜はいつもふわふわの髪をワックスで優等生風にかためていたし、侑生もその髪をおしゃれに後ろに流している。スーツ用のベストと黒い蝶ネクタイをつけた二人は、英国風執事見習いといったところだ。


「おい雲雀、彼女のメイド服だぞ」

「……あ、そう」

「侑生はそういうものに興味ないから」

「イケメンなのは顔だけにしろよ雲雀ッ」


 格好つけているのではなく、本当に興味がないのだと思う。侑生は、ここに来るまでに擦れ違った男子達と違って私の胸元やスカートの裾をじろじろ見ることはしないし、私の顔を見て「媚びてる服装は三国のキャラじゃないなとは思う」と言うくらいだ。


「侑生、もともと媚びてる服装嫌いじゃん、フリフリふわふわーみたいなの」

「好きなヤツいんの、それ?」

「いるからあるんじゃないの?」

「いると思って着るヤツがいるだけじゃねーの? どんだけ顔が良くても自分のこと一人称で呼ぶのはヤベェって気付いてない女子みたいな」

「コワッ、たまに雲雀のキライなタイプ聞くとゾッとする」


 私の視線は、隣の昴夜に釘付けだ。現実でも見たことがあるはずなのに、目の前の昴夜が可愛い通り越して格好よすぎるのだ。ハーフの昴夜にはもともとうってつけの衣装なのだろう。

 可愛いと格好いいの絶妙なバランスの上に立っている。ドキドキしながら、目が合わないのをいいことにその姿を舐めるように見てしまった。これは……これは、三十歳の私が十七歳の昴夜に対してしていると考えると、犯罪……? いや見るだけなら自由……。


「つか英凜も反応しろよ、彼氏の恰好に!」


 そうして見惚れてしまい、陽菜の声を受けて無理矢理侑生に焦点を合わせた。侑生だってもちろん、背が高くてスラッと足が長くて、顔もきれいで、文句なしに格好いい。

 そっか、高校生のとき、こんなに格好いい人が彼氏だったんだ。侑生が格好いいことは知っていたつもりだったけれど、あまりにいつも隣にいるから忘れてしまっていたのかもしれない。


「格好いいね、よく似合ってるよ」

「……はあ。最近の英凜に熟年カップルみたいな余裕を感じる」


 深い溜息と共に、陽菜は昴夜の隣に並んで歩き出す。私の隣に並んだ侑生は、不良なんかではない、まるで普通の同級生のようだった。

 ああ、でもそうだ、高三になるとき、侑生は髪を黒く染め直したんだ。懐かしい、あの頃を見てるみたいだ。


「なに、髪の色似合わない?」

「まさか。それも含めて似合ってるよ」


 教室に戻り、各自シフトを確認しつつ喫茶店を開く準備をする。陽菜の配慮によって、私と侑生は揃って十三時から休憩をとることになっていた。


「英凜、写真撮ろうぜ」

「私はいい」

「ひばりー、あとで撮ってやるからあたしらの写真撮ってー」


 写真は苦手だった。レンズを向けられると緊張してしまう、その姿を他人のアルバムに残されることに抵抗があったのだ。でも陽菜は私を無視し、侑生に携帯電話を渡す。