「……それは多分そうなんだけど」

「男女逆ならまだしも、襲われることはないでしょ」

「……まあな」


 釈然としない様子の侑生は、しかしそれを明確に言語化することはなかった。なにかおかしなことを言っただろうか。首をひねりながら、いつもどおりに侑生の部屋にきて。

『嫉妬してほしいとまでは期待してないけど、ちゃんと分かってんの?』

 フラッシュバックのように、その発言が脳裏に(よみがえ)った。

 思い出した。もとの私は、侑生のことを好きな女子がいるなんて思いもせず、当然のことながら会っても気づきもせず、侑生に言われて初めて今回の文化祭デートの裏の意図を知ったのだ。挙句の果てに「告白されて迷惑だから牽制したいということは、長岡さんは恋愛対象にはならないのか?」なんて世論調査のような質問まで繰り出した。

『俺が、どれだけ英凜を好きか、本当に分かってる?』

 当然、侑生は傷ついていた。

 ソファに座りながら、背筋に冷たいものが走った気がした。私はまた、侑生を傷つけてしまっただろうか?


「英凜? どうした?」

「……私、余計なこと言ってない?」

「英凜は大体いつも余計なこと言ってるだろ」

「真面目に話してるんだけど」


 紅茶のカップを受け取りながら顔をしかめた。でも、隣に座る侑生の横顔に私の言動を気に病んだ様子はないので少し安心する。


「てか急になんで」

「……帰り道、長岡さんの話しながら微妙な顔してたから」

「……ああ。あれか。いや、英凜は嫉妬とかしねーなって考え直した」


 ……微改変があっても、過去というのは一定の未来に収束していくものなのだろうか? まさしくさきほど思い出したことを口にされて閉口した。


「なに、そんな気にしてたの」

「……自分のデリカシーのなさは心得始めているので」

「心得始めてるって」


 笑った顔は、やっぱり記憶より明るい。

 いや、でもやっぱり、その笑顔にはほんのりと影が差している。

 それを見つめている隙に、唇を奪われる。今日は拒む隙がなかった。

 侑生とのキスを、イヤだとは思わない。過去の私がどうだったかは思い出せないけれど、少なくともいまの私は侑生を拒絶しない。

 恋愛対象でありさえすればキスができるわけじゃない。好きでもないのにこんなにキスをできるのは、きっと侑生だけだ。じゃあ、侑生に抱いているこの感情は、一体なんなのだろう。少なくとも、侑生だけに抱いている特別なものではあるはずなのだけれど。

 キスは回数を重ねるにつれ深みを増し、それと反比例するように私の体は力を失っていく。三十歳にもなって、十七歳になったばかりの元カレの、しかもキスに翻弄されるなんて馬鹿げているし恥ずかしい。でも、三十歳の私より十七歳の侑生のほうが経験豊富なのだろうから仕方がない気もする。