「俺が通りかかったときなんて胸座掴まれるところだったからね?」

「胸座掴んだのは昴夜じゃん」

「だから英凜がそうなるところだったからねって話! 駄目だよ、ああいうのは遠くから見てお巡りさん呼んでおしまい。巻き込まれたらあぶないよ」

「でも近くの交番から警察が来るまでどれだけかかるか分からなかったから。その間に逃げられたら意味ないでしょ」

「それは巻き込まれたら危ないの反論になってないじゃん!」


 そのとおりだ。む、とつい顔をしかめてしまった。高校生の、しかもおバカキャラで通っている昴夜にそんなことを言われるなんて、弁護士も形無しだ。


「でも人通りもあったし、きっと私が殴られることはなかったって」

「でもでもうるさい。顔でも覚えられたらどうすんの、ねー侑生」

「何の話?」


 侑生が戻ってきた。侑生の胡桃嫌いは徹底していて、胡桃が教室に来るようになって以来、昼休みが始まった瞬間に別の友達とお昼を食べるようになった。


「この間、英凜がカツアゲ止めようとしてたけど、危ないからマジやめなって話」

「それはやめろ」

「侑生までそんなこと言って。ちゃんと場所は選んでるんだよ、駅前で人通りが多いところ、あと手に携帯電話も持って」

「それでもやめろ。つかそれいつの話」

「夏休みだからもう一ヶ月以上前だよ、昔話にもほどがあるよね」

「説教される覚えはありませんみたいに言うのやめて? 昔でもなんでも危ないものは危ないんだからね?」


 いや待て――鈍い私はこんなときだけピンときた。いま侑生がそれを訊いた趣旨は日付の確認にはない。おそらくいま侑生が抱いた疑問は、“なぜそれを昴夜だけが知っているのか”だ。

 おそるおそるその様子を窺った。しかし傷ついたり機嫌を損ねたりしている様子はない。……私の考え過ぎだっただろうか。


「まあ過ぎたことは仕方ないけど」

「そうやって侑生は英凜の肩持つ……」

「今後はやめろって点には同意する。英凜、意外と怖いもの知らずだからな」


 かと思えば、今度は昴夜が少し憮然(ぶぜん)とした顔つきになった。いまの侑生の発言のなにが気になったのだろう。


「そんなことはないけど」

「胸に手を当てて考えな」

「思い当たることがない」

「痴呆か?」

「暴言だよ」


 ……ああいや、分かった。侑生が私を“英凜”と呼んだのだ。学校での侑生は「からかわれたくない」と言って私を苗字で呼んでいたのに、さっきは名前を呼んだから。

 昴夜だって私を名前で呼んでいるのだから、そんなことに目くじらを立てなくてもいいのに。

 十四年前の昴夜は、そんな風に幼くて、可愛い。可愛くて愛おしくて、それなのにたまに格好よくて、その表情も言動も、何もかもが大好きだったあの頃の姿のままだ。

 そして私も、あの頃と変わらない。昴夜の一挙手一投足に一喜一憂するほど、相変わらず昴夜を好きでいる。