高校二年生の夏休みって、何があったっけ。夏祭りは二人で行って、侑生の予備校の友達に会った。あとは……そうだ、昴夜も言っていたけれど海に遊びに行って、新庄が少年院に入ったと聞いたのだ。……でも、それ以上は覚えていない。自慢の記憶力も、さすがに十四年前の日常生活となるとあてにはならないようだ。

 でも誕生日に何をあげたか、それに対する侑生の反応くらいは思い出せるんじゃないだろうか。ぼやぼやと悩みながら教室に入り――今度は自分の席が分からなくて固まってしまった。


「……三国の席は俺の隣だろ」


 トン、と侑生の長い指が机を叩く。覗き込むと、夏休み明けだというのに、引き出しにはぎっしり教科書が詰まっていた。そういえば教科書はいつもできるだけ机に詰め込んでいた覚えがある。


「あ、ありがと」

「ん」


 席に着く侑生は、もう顔に疑問を出さない。気だるげな顔でガラケーを取り出し、始業式までの時間を潰している。


「あーつーいー……おーはよー」


 そうこうしているうちに、昴夜も教室に入ってきた。そのカバンには女子高生のようなクマのぬいぐるみのキーホルダーがくっついている。彼女の趣味ではない、正真正銘昴夜の趣味だ。

 その昴夜と、目が合った。会うのは奇妙な“用事”を済ませた夏休み以来だ。


「……おはよ」

「……んー」


 少し気まずそうに目を逸らし、昴夜は侑生の後ろの席に着く。やがて先生がやってきて、ホームルームを始めて、始業式と新学期の掃除と……と九月一日の行事が進む。

 膠着(こうちゃく)状態の過去は、それでも時計の針を着実に進めていく。過去に戻った私は何をするべきなのか、何ならできるのか、ちっとも分からないまま日々だけが過ぎていく。



 九月二十日、学校に行った瞬間、昴夜が「英凜!」とまるで尻尾を振る犬のようにその席から身を乗り出す。


「誕生日だよね。おめでとう」

「テンション低!」


 そんなことはない。本当は満面の笑みでお祝いしたい気持ちでいっぱいだったから、昨日から一生懸命シミュレーションしてようやく落ち着いて口にすることができるようになったのだ。

 でも、こんな場面あったかな……。具体的にどうしたかなんて何も覚えてないけれど、昴夜がこんな飼い犬のように目を輝かせていた覚えはない。あの日に影響しない限度で、何かが変わったのだろうか……。


「あれ、桜井誕生日?」


 私達の会話を聞きつけた陽菜(はるな)がやってきて「なんか持ってたかなあ」とカバンを開く。


「あ、チョコ持ってた。やるよ」

「雑! でもありがとー」


 コロン、と昴夜の掌に小さなチョコが一個転がった。

 陽菜は、中学生のときからの親友だった。面倒見がよくて活発なタイプで、私のグレーゾーンを“体が弱い”と勘違いしてよく気遣ってくれていた。高校卒業後にも唯一連絡を取っていた相手で、大学一年生のときには東京で一緒に遊んだこともある。

 その姿と無意識に比べてしまうせいもあって、いまの陽菜はやっぱり幼く見える。茶色いショートボブの髪はくりんと内側に巻いてあって、男勝りなのに根は女の子の陽菜らしかった。


「ねー英凜は? ねーなんかないの?」


 陽菜にもらったチョコレートを口に放り込みながら、昴夜は手を差し出す。


「お菓子買ってきたよ」

「なんでみんなお菓子くれんの? 嬉しいけどさ」


 例えば携帯ストラップとか、ピアスとか、お菓子にしたって手作りとか、もっと心を込めたものはいくらでもあげることができた。でもどれもこれも“友達”という立場には不釣り合いで、仕方なくトッポを買って済ませることにした。昴夜は「ありがとー」と受け取りながらさっそく箱を開けて、それを口に(くわ)える。


「あれ、俺英凜の誕生日になにあげたっけ?」

「……なんだっけ?」


 私の誕生日は二月十八日、私はもちろん、昴夜も覚えていなくてもおかしくないほど前だった。ただ、私は誕生日に昴夜からなにかを貰った記憶自体がない。


「もらってない……かも?」

「……なんかそんな気がする。今年――じゃないや、来年はあげるね」


 そっか、昴夜が誕生日プレゼントをくれるんだ。ほんの百円、百五十円のお菓子かなにかだろうけれど、昴夜が私に。

 過去になかったけれど、この過去では。