会えば泣いてしまうと思っていたけれど、実際には声すら出なかった。

 昴夜だ。最後に会ったのは十三年前の三月十日。あのときより少し幼くて、でも甲高い声はあのときと同じ。正真正銘、大好きな昴夜が、目の前にいる。

 何を言おう。何を話そう。私のせいで事件に巻き込んでごめんなさい。もっと早く好きと言えなくてごめんなさい。自首する前日に電話で話したのに、異変に気付けなくてごめんなさい。私も関係があることだったのに、昴夜に全部背負わせてごめんなさい。

 そのどれもが、言葉にできない。


「……おーい。英凜ってば」


 当時の昴夜については、週刊誌が好き勝手書くほか、もちろん警察もしつこいほどの捜査を行っていた。その記録をすべて読んだ私は、どこにも私の名前が出てこなかったことを知っている。

 昴夜が新庄に執拗に暴行を加えた原因は私だったけれど、「将来を傷つけたくない」という一心で、昴夜はそれを(おおやけ)にしなかった。私が関係していたことを知っているのは、昴夜の事件を担当した弁護士だけだった。そしてその弁護士すら、私の名前を知らなかった。

 事件後、私が事件とは無関係に十四年間を過ごすことができたのは、昴夜がその(はがね)の意思で口を閉ざしていたからだ。

 謝罪も後悔も、懺悔も感謝も、その一言で括《くく》れるような単純な感情で構成されていなくて、何をどう言えばいいのか分からず、声が出なかった。

 どれだけの言葉と時間があれば、私が抱えるすべてを伝えることができるだろう。


「……英凜?」

「あ……」


 顔を覗きこまれ、やっと我に返る。その高い鼻の頭が私の鼻の頭に触れそうなほど近かった。


「……え、っと……ひさ、しぶり……」

「久しぶり……ん、まあ、久しぶりかな」


 訝しみながら首を傾げる顔には、十六歳らしい幼さと可愛らしさがあった。

 それなのに、たった一年半後に、私を守っていなくなってしまう。


「……本当にどしたの、英凜。あ、さっきの連中になんかされた!?」


 素早く三人の去った方向に顔を向けた昴夜が――そのまま走りだしてしまいそうに見えた。

 昴夜が、いなくなる。


「待って!」


 慌ててそのティシャツの(すそ)を掴むと、丸い目がますます丸くなって私を見下ろす。


「……や、待つ、よ? そこまで言われなくても……」


 ティシャツを掴んだこの手の感触は、夢じゃないか? そんなことを疑って自分の手を見つめてしまう。

 それほどまでに、私にとっての“桜井昴夜”は遠かった。