階段をのぼりきった先で、ぐるりと辺りを見回す。忙しなく行き来する人はいても、歩きスマホをする人なんて一人もいない。それどころか、改札外のベンチには顔を新聞紙に顔を埋めるようにしたおじさんまでいる。

 戻らなかった。たった一回の試行だけれど、私にとってはそれで充分だった。

 お祖母ちゃんの十三回忌で地元を訪れたら、うっかり十四年前に戻ってしまった。それが三日前の話。非科学的なものは信じるタイプではないけれど、現に何もかもが十四年前に戻ってしまっていて、寝ても覚めても文字通り()()()()()()()()()なのだから、長すぎる夢だと思い込むほうが無理だ。

 原因はまったくもって分からなかった。妙な占いに手を出したわけでもなければ、いわくつきの物品を持ち歩いていたわけでもない。無自覚に契機を作っていた可能性を考えて、せめて十六歳に戻ったあの日と天候以外の条件を同じにして中央駅(ここ)に来たけれど、まったくもって無駄としか言いようがなかった。

 結論、私は十六歳に戻ってしまったうえ、三十歳に戻る方法は不明だ。


 ちなみに、色々余計なことを話してしまった侑生には「白昼夢を見ていたらしい」と言い訳した。電車に乗っている間に転寝《うたたね》をして、残酷なのにリアルな夢に魘《うな》されて頭が混乱していたのだ、と。いや、もちろんそんなことで誤魔化せるはずがないのだけれど、こればっかりはどう弁解のしようもなかった。

 侑生がそれを信じたはずがないのだけれど、「あんまり考え過ぎるなよ」と言うだけで、深く追及されることはなかった。

 でも、それなら何の問題もないかと言われるとそうではない。私はこれからどうなるのだろう? 私はまた、十六歳から三十歳になるまでの十四年をもう一度やり直すのだろうか? 頭の中はすっかり三十歳で、なんともリアルなことに勉強なんてほとんど忘れていたけれど、もう一度努力をしなければ同じ未来はやってこないのだろうか? つまり未来は変わり得るのだろうか? そして、何を契機に私は再び三十歳に戻るのか? なにも分からない。

 でも逆に、何も分からないのなら。上ってきた東西線のホームに背を向け、そのまま南北線のホームへ降りる。一色(いっしき)駅行の電車はすぐにやってきた。

 昴夜の家は、南北線の北山駅が最寄だった。