三日前と同じ服装、同じ持ち物、同じ車両。できる限り条件を揃えた私の心臓は緊張で高鳴っている。駅のホームに停車した電車は、緩やかに走り出す。

 窓の外では、背の低い家がどんどん流れていく。十四年後との相違点は家が少し近代的なくらいで、でもそれはほんの微々たる変化で、景色はほとんど同じだった。懐かしいとは思わなかったけれど、それでも窓の外を眺める以外にすることがなく、ぼんやりと視線を投げ続ける。

 十六歳って、こんなに暇だったんだ。緊張して固まっていた体を背もたれに預け、少し力を抜いた。弁護士になってからは移動中もスマホでメールを確認して、タブレットで報告書の下書きを読んでと一分一秒をお金に換えていたけれど、十六歳のいまは、電車の中ですることがない。当時の私は小説を読んでいたらしい、というのはバッグに入っていた文庫本で分かったが、読み終わると荷物にしかならないのが紙の本の難点だ。便利なタブレットが懐かしい反面、ただでさえ疲れやすい目がここ数日はあまり疲れなくなっているのを感じる。でもパソコンを見ないお陰かもしれない、司法試験の勉強のためにパソコンを使うようになって一気に視力が落ちたから。裸眼ってなんて便利なんだろう、と感動した三日前を思い出した。

 その現実逃避――いやむしろ現実懐古?――の真っ只中に、電車は地下へと滑り込む。心臓の鼓動は速くなっていた。


〈次は、中央駅、中央駅……出口は、左側です……〉


 そのアナウンスに、ドクリと心臓が跳ね上がった。

 懐かしいガラケーで時刻を確認する。あと二分で中央駅に着く。本当は三日前と全く同じ時刻を狙って着くつもりだったけれど、ダイヤ改正があったのか、それは見当たらなかった。仕方なく数分早く着く電車を選び、駅のホームに着いた後に少し時間を置いて同じ階段を上ることにしている。


〈まもなく、中央駅、中央駅……。左側の扉が開きます、ご注意ください〉


 ゆっくりと減速した電車は、古臭い東西線のホームに停車した。扉が開き、ぷしゅう、と空気の排出されるような音が響く。


〈中央駅、中央駅。お降りの方を先にお通しください……〉


 腰を上げる。十六歳の体は、スポーツサンダルを履いた足まで含めて軽い。

 ほんの数分、そこで逡巡し、予定の時刻になったことを確認して階段を上る。階段に、消費カロリーの表示はない。

 それが、一歩、また一歩とのぼるうちに――。


「……現れない、か……」


 変わらない景色に、ひとり、呟いた。