口を開く前に、ガランガランッと氷の音が響く。手早くアイスティーを作ってくれた侑生は、そのまま私の手を引いた。

 侑生の部屋のソファに座ってティッシュ箱を差し出されたとき、自分が泣いていることに気が付いた。

 私はいつもそうだ。あの日のことを思い出すたびに、私はいつも、夢の中でも泣いている。


「……私ね、卒業式に昴夜と付き合ったの」


 しばらく泣いた後、やっとそう口にした。


「バイトとか、合格発表とか、色んな理由があって全然デートできなくて。私が大学に合格した日の午後、やっと二人で会おうってなって」


 そうして昴夜の家に向かう途中、私は新庄に会った。

 新庄は、いつだって侑生と昴夜の弱味を握る隙を探していた。だから新庄が私を狙ったのは当然といえば当然で、新庄に襲われたのは一度ではなかった。

 その日もそうだった。昴夜の家に向かう電車の中で新庄に出会った私は、口を塞がれ、公共の場であることなどお構いなしに体をまさぐられた。恐怖のあまり、私はまったく抵抗できなかった。逃げ出すことができたのは、偶然にして不幸中の幸いだった。

 その話を、私は昴夜に黙っていた。新庄に関わってほしくなかったから。

 その日の夜、昴夜は後輩を人質に新庄に呼び出され、新庄に執拗な暴行を加えた。


 その二日後、私は、新庄が死んだことをニュースで知った。


 昴夜が新庄を殺害したと自首した、そう聞いたのは、さらにその二日後だった。


「昴夜は、自首する前に侑生に会いに来てたんだって、侑生から聞いた。でも昴夜は、私達が一切合切関係を断ってくれることを望んでた。新庄が殺されたことは――市内と県内のニュースではかなり大きく取り上げられてたし……週刊誌にも、昴夜が殺したんだ、もとから残酷な子だったんだって感じで書かれて。だから、私達ももう二度と会わずにおこうってことになった」


 新庄を殺害した真犯人が逮捕された、そう知ったのは、それから二ヶ月後だったと思う。

 昴夜は、新庄に対し、執拗に暴行を加えたことを認めていた。一方で、その行為態様は新庄の死因と結び付けられず、捜査が進んだ結果、昴夜の暴行は新庄の死と無関係だったことが判明した。真犯人は新庄の先輩、その動機は「新庄に斡旋されたオレオレ詐欺のバイトが原因で逮捕され、少年院に行くことになったから」と、身勝手な逆恨みだった。


「でも、昴夜が事件とは無関係だったって判明した後も、連絡はつかなかった」


 私が事件の全容を知ったのは、それから七年後だったろうか。たまたま昴夜の事件を担当した弁護士と知り合い、たまたま事件の話を聞いた。


『暴行の動機ですか? うーん、報復……とは少し違うかな。その少年にね、好きな女の子がいたんですって、高校一年生のときからずっと好きだった女の子。その女の子が、被害者の少年に乱暴されていたことが判明したそうです。被害者の少年が、まるで挑発でもするように、どんな態様でその女の子を辱めたかを語り、それに激昂してしまったんだと話していました。最後の最後に聞いた話ですし、その子の名前も教えてもらえなかったし、審判では話しませんでしたけどね』


 以来私は、その十余年前のことを、たまに思い出す。もっと早く昴夜への恋心に気付いていれば、新庄にされたことを話していれば、あの夜に昴夜を引き留めていれば。そんなたらればを繰り返して。