「男の人の首筋って、なんかいくないですか?」


いつも胸元の開いたニットを着ている金本(かなもと)さんが、今日は珍しくタートルネックを着てきた。

何があったのか、「いくないですか?」の問いも非常に意味深だ。


今私は金本さんと、4限にうちの就職センターが行う企業説明会の資料を大教室に置きに行く途中。

3限の間に、2人で全学部3年生分の資料を、台車で運んでいる最中だ。


「…いいかいくないかと問われればいいですね。」

「…梨添さんてお昼はタメ口なのに、就業中は私にも敬語ですよね?別に就業中もタメ語でいいですよ?」

「ありがとうございます。大教室って3階でしたっけ?」




先週末のことがまるで異世界の出来事のよう。


『アラサーバツイチが転生したら10歳年下にキスされました』


来月の新刊のタイトル、私ならこうする。

ストレートにキスと表現して、溺愛とか売れ筋ワードを入れていないところがこのタイトルのミソ。

でも不死原君側からしたら、いまいち面白味に欠けると、こう校正されることだろう。


『ところで"ばちゅいち"って何ですか?』


····もう異世界関係なくなっちゃってるから。

自分で不死原君につっこまれることまで妄想している私は、一度穴があったら転げ落ちた方がいい。



エレベーターの中に入り、閉まると同時に階数のボタンを押そうとしたところで、2人組の男性職員が扉の隙間に見えた。


「っと、」


高橋名人も驚きの速さで"開"ボタンを連打した金本さん。

エレベーターって案外聞き分けいいから、連打せずとも1度押せばいいと思うよ。