「…ところで、君は何でここに残ってるの?外のステージにさ、ほら、あのN-1で準優勝した芸人が来てるよ?」


こういう時、私は相手の指を確認する癖がある。彼女がいればペアリングとかしてるだろうし。

何も彼に限ったことではない。離婚してからというもの、どうしても相手の指に目がいってしまうのだ。


彼の指にリングはない。

さっきまでピアノを弾いていて、私が遮ったのに、今は椅子を私の方に向けて、きちんと膝に手を乗せている。

少しばかり曲がる関節とその指先が、男とは思えないほど綺麗だし、なんなら関節のしわまで美しい。



「俺、けっこう自分は面白い人間だって思いあがってるんです。」

「……え?」

「それなのに皆、あんな流行り任せの漫才に心奪われちゃって、」

「…」

「今精一杯の平静を保ってますけど、俺、心の中ではけっこう嫉妬してるんですよ。」

「はあ。」

「たまたま、ほんとたまたまなんです。偶然にも俺のピアノ演奏会の時間と、芸人の時間が被ってて。」

「…ふっ…ああ、そういうことか、そうなんだ。」

「女子を集めるために演奏会をしてくれって頼み込んできた薄情な友人まで芸人の方にいっちゃって。」


薄情でも友人なんだ。



つまりこの第3講堂に集まるはずだった女の子たちも、彼の友達も、皆流行任せの芸人に奪われちゃったと、そういうことね。

そんなに綺麗な顔してても、そんなに才能溢れるピアノが弾けても、そんなにセンスある言葉を紡げても、今この講堂には私一人だ。


意外だけど、光栄だな。