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全員、制止した。床に寝転んだままの私は、首から上だけを横に向けて、音のした方を見た。
カタン、と廊下からストッパーを外す音がした。カチャンと鍵の開く音もして……。開いた扉の向こう側にいたのは、松隆くんだった。
少し色素の薄い茶色い前髪の奥から、怜悧な双眸が私を射抜く。その視線に思わず息をのんでしまったのは、なんてことはない、そこに“計算”を感じたから。
ただ、すぐに松隆くんはいつもの笑みを浮かべた。その素早い切り替えにはうすら寒さ通り越して不気味さを覚える。
「ここで何してるんですか?」
そのままゆっくりと教室の中に入ってくる。私の上に乗っていた男子 (「ヒロ」と呼ばれていた)は「松隆か……」と忌々しげに舌打ちし「運が良かったな――」と私に告げて立ち上がろうとした。
その体が、松隆くんの足に吹っ飛ばされた。唖然としていた私の上から、その「ヒロ」は呻き声と共に転がり落ち、私が床に引き倒された時よりも大きく派手な音と共に床に転がった。
「痛ってぇ……!」
肩を押さえる「ヒロ」に投げられた視線は既に冷たい。まるで仮面を取り去ったかのように、松隆くんの顔から、さきほどの微笑は消えていた。
その視線が私に向けられ、私まで肩を震わせてしまう。おそるおそる上半身だけ起こすと、松隆くんは私の頬を見て、それを示すように自身の頬を指した。
「それ、誰にやられた?」
呆然としていたせいで、声が出なかった。おずおずと、檜山さんの近くにいる男子を指さす。何かされると思ったのか、その男子は言い訳をするように「いや、それは……」と両手を振りながら後ずさる。
「その女がヒロのこと蹴るから仕方なく……ほら、暴れたら聞こえるし……」
「それ、理由になると思ってんの?」
冷ややかな声で切り捨てると、松隆くんは彼の胸倉を掴み、そのまま机に向かって投げるように引き倒した。彼の体は二、三個の机と椅子に体当たりし、ガタガタッ、ガンッと大きくて鈍い音を立てた。
教室内の空気は、一変していた。男子三人のうち、二人は患部を押さえて呻いている。残る一人は教室の隅っこに避難し、すっかり怯える側に。舞浜さん達は心底ほっとしたような表情になっていて、檜山さんなんて半泣きだった。
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